砂の女 (1964) 監督 勅使河原宏



原作・脚本・安部公房 × 監督・勅使河原宏 4本の映画


ラピュタ阿佐ヶ谷 で開催された特集上映、2本目。


言わずと知れた傑作で、原作は世界各国で翻訳され、映画もカンヌやアメリカで上映されて評価も高い。
なので膨大な批評、評論があるのでここでは何も書かないでおく。
「砂の女」がどのような作品で、どのように評価されているのか興味がある方は独自に検索を。


ストーリー「映画データベース all cinema」


↓ 原作も素晴らしい。


砂の女 (新潮文庫)







どこまでも続く砂丘。例えばそこに暮らすなんてあり得ない不毛な環境のなか、ひっそりと暮らしている部落の人々がいた。彼らは各々巨大な穴をうがち、そこに家屋を建てて風を避け、息を潜めるようにして生きている。

こんな感じ。






風は穴の上、すなわち家屋上空を吹き過ぎるが、砂は常に穴の中へ降り積もる。故に、家人たちは夜を徹してまで砂かきに精を出さなければならない。
穴の外には当番制で村人たち(青年会の男衆)が巡回していて、家々が搔き出した砂を引き揚げる。






「砂かき」を怠る家には、水や食料は配給されない。

家を取り囲む穴の壁は脆弱で、よじ上って穴の外へ出ることはできない。出入りするには穴の外から梯子やロープが掛けられなければ無理。

「砂かき」の作業および内職などの作業報酬で、酒やタバコ、成績次第で贅沢品であるラジオなどが手に入る。







そんな家に、休暇を利用して趣味の昆虫採集に砂丘を訪ねた高校教師・岡田英次が招かれる。招かれると言っても、帰りのバスも宿もなく、出会った村人に薦められるまま、一夜限りの親切・おもてなしを受けたつもりだった・・・







翌朝、夜通しで砂かきをして裸で眠る女・岸田今日子を残し、降りてきた梯子を探す岡田。が梯子はない。女を起こすが女も「仕方がないでしょ」と意味不明なことを言う。男はやがて半狂乱になりながら穴からの脱出を目論むが出られない。ついに女を縛り、穴の外に居る村人たちに向かって穴から出さなければ女の命はないぞとすごむが、やがて水は底をつき、「降参」しなければ死ぬことを悟る。






・・・ここまでにしておこう。

人はやがて環境に順応する。その環境を望んでいたかどうかに関わらず。

この物語の比喩を、私は高校三年生の時に担任教師から聞かされた。

「砂の女(に絡めとられた岡田英次のような男)にはなるな」と。

自分の夢や居場所はそこで良いのか?安住していないか?妥協していないか?

この作品に触れるたび、常に考えさせられます。


傑作です。








2017年 8月4日 
ラピュタ阿佐ヶ谷 にて鑑賞





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是非!

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