夜の勲章 (1965) 監督 村野鉄太郎





ストーリー Movie Walker


観ていて、若い田宮二郎の熱気・血気というか、はち切れんばかりのエネルギーを感じた。
きっとスタアであること、主役を張るということへの相当なプライドがあったのだろう。

調べてみると、生涯100本を超える出演作品中、年間に二ケタ以上の出演があったのは


1962年 12本
1963年 12本
1964年 11本
1965年 11本
1966年 10本
1967年 10本


この映画65年。つまり田宮二郎にとって一番脂が乗っていた時期、ど真ん中の作品。




↓ 勝新太郎とのコンビでヒットした「悪名」シリーズ(1961年〜)も名高い。






そして1968年、わずか4本の出演に終わったのには理由がある。

出演作の名前の順番をめぐり、大映社長・永田雅一と揉めて解雇され、さらに五社協定と呼ばれる、他社の作品には出られないシステムで「干され」てしまったのです。この時、わずか33歳。




↓ これがその時の作品。名前はトップに戻されたものの・・・


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こののち映画出演は激減し、クイズ番組の司会者とか(当時少年だった私にはこっちの印象のほうが強い)
テレビドラマが主体になり、70年代になって、1966年に映画化された「白い巨塔」のテレビシリーズで大ブレイクを果たす。






↓ 映画版


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↓ TV版


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そんな人気絶頂のさなか、1978年末、田宮二郎は猟銃で自殺する。享年43歳。


最近、当時小学生だった息子さんの回想が出たり、スタアであることの色々が明らかにされています。それを転載するのはやめにして、スクリーンに永遠に息づく勇姿を、私は記憶に留めていたいと願います。












ソフト化熱望!




2016年 6月
神田・神保町シアター にて鑑賞





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