女は二度生まれる (1961) 監督 川島雄三







ストーリー「映画データベース all cinema」






その「含み」をどう解釈するか?

監督・川島雄三がこの映画に込めた思いの一片を、観賞後本屋で立ち読みして知り。果たして今、その「含み」を、この映画と対峙してどこまで感じ取ることができるのか?今を生きる私たちが、戦争を知らない私たちが。

前知識ないまま観た私は、全然ではないがほとんど「含み」に気づかなかったことが恥ずかしい。ただし、本によると監督曰く「(公開当時)2人しか気づかなかった」らしいが(涙)。監督やスタッフ・キャストがいくら思いを込めて作っても、その思いをその通りに解釈してくれないことのほうがきっと多いはず。しかしそこにこだわることによって、作品は作品としての質を高めることに違いない。










物語は若尾文子演じる娼妓(売春禁止法成立後の物語なので、正確にはホステスさんだろうか)が、それはそれは見事に、快活に、男から男へと飛び跳ねていくもの。脱がないのにスクリーンから漂うエロティシズムはもの凄い。女が体を売ることと、また買う男たちもそれぞれの嗜みとしてそれは描かれているだけに全編に渡って明るい。 ↑ ポスターのイメージほど喜劇色はないが小気味良い感じの楽しい作品でした。





藤巻潤(当時25歳)・若尾文子(当時28歳)






で何が、何を含んでいるのか?

物語の舞台は東京・靖国神社近くの宿で始まります。すなわち戦争で散っていった英霊たちが祀られている神聖な場所です。その宿に出入りし売春を職業とする若尾文子は戦災で両親・家族を亡くしています。そんな彼女が藤巻潤演じる聡明な学生さんに惹かれ、初めて会話をするのが靖国神社の境内。藤巻の父親は戦争で散ったまさに「英霊」で靖国に祀られていて、若尾は同じ戦争でも戦災なので靖国には祀られないという矛盾が何気ない会話で明らかになります。若尾はそれを恨みつらみで言うのではなく、あくまでも「靖国に祀られるほどの立派な父を持った未来ある学生さん」として藤巻潤を神々しく見つめて語らうのです。











この時、二人の背後に見えるのは靖国神社の菊の御紋。それぞれに同じ人間で、同じ戦争を生き抜いたにも関わらず隔たりがあるということ。川島監督はそこに天皇制への批判も盛り込んだとも語っています。こうして書くと重苦しく感じますが、物語はこれでもかと言うくらい若尾文子の利発で逞しい美しさにフォーカスしているので、そう、「含んで」いるのです。 

分かる分からないに関わらず、伝わる伝わらないにも関わらず。














冒頭に書いた通り、今この時代の私が、戦時を生き抜いて来た人の作品に込められたメッセージを、正確に読み取ることは(可能な限り想像はできても)本当は不可能じゃないかと思ったり。私の根っこの部分に戦争は無いのだから。まあそれを言ってしまえばそれまでなんだけど、でも「含み」をできるだけきちんと感じ取って観ることができれば、作品をもっと深く理解することができたと思う。つまり古い日本映画の観賞には、ある程度「予習」があっても良いと感じました。








立ち読みした本がこれ。そうゆう意味でも必読。


川島雄三 乱調の美学








川島雄三が大映で初めて撮った作品で、若尾文子とも初。このあと 「雁の寺 (1962)」 そして 「しとやかな獣 (1962)」 と、若尾文子とは3本の作品を残し翌年2本監督して夭逝・享年45。もっと生きていたならどんな作品が観られたのかと思うと残念でもあり、だからこそ伝説なのかもと感じたり。






↓ このキャッチコピーは今じゃ使えません(苦)。







若尾文子との3本は4Kデジタルで修復され、先頃ニューヨークで公開されたそうです。その記事→ 4Kで蘇った川島雄三監督×若尾文子の世界-『女は二度生まれる』『雁の寺』『しとやかな獣』-ワールドプレミアのNY上映予告! 予告編付き(渋谷パンテオン(懐!)のロビーで煙草をくゆらす若尾さんから始まります)。











あと 「雁の寺 (1962) 」 でしごかれる小僧くんも出演してました。2作品で若尾さんと共演なんてなんて幸せ坊主。










「含み」に関してもっと優秀なコラム。必読 → 女は二度生まれる〜山に負けた女




2017年 12月23日
角川シネマにて観賞





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