大阪の女 (1958) 監督 衣笠貞之助





ストーリー Movie Walker




傑作を紹介します。

衣笠貞之助(ていのすけ) Wikipedia  衣笠監督作品は個人的に初めて。元々は女形の俳優さんらしく戦前から活躍し、脚本家としても数多くの作品を手掛けておられます。1953年「地獄門」でカンヌ映画祭パルム・ドール、米アカデミー賞名誉賞・衣装デザイン賞、NY映画批評家協会外国語映画賞(すげえすげえ)をそれぞれ受賞。女形の経験を生かした演出、ずばりこの「大阪の女」における京マチ子の演技を観ても納得、きめ細やかな感じ。






衣笠貞之助(1896-1982)






大阪の南側、通天閣にほど近い場所、恐らく天王寺(てんのうじ)界隈。ここに戦災で焼け残った昔ながらの長屋があり、そこに住み着いた上方の漫才師・落語家・お笑い芸人たちが織りなす人情喜劇。昭和30年代前半に実際に活躍していた芸人さんたちがたくさん出ております。残念ながら私は昭和40年の生まれなので、半数以上は記憶にないのですが、誰がどれでを知っている人のブログがあったので是非 ↓ 。




一夜一話 「大阪の女」









古き良き(今よりもっともっともっと)ゆったりとした大阪弁のリズム。交わされる会話が心地よくリアルで、さらに細やかな演出で誰ひとり「笑かせたる〜」みたいな図々しさがなく、ほんとにこの長屋で暮らしている感じがして良し。映画が開始して早々、この長屋のセットが素晴らしくリアルにボロボロで、そこかしこに掛けられている洗濯物や置かれている物、路地で七輪で魚焼いてたり、地面に落書きする子どもたちだったり、すべての構図や色彩(道行く人の着物の色まで)含めて計算されている感じ。唸りました。カラー作品で「アグファカラー」と呼ばれるこの当時の最先端カラーフィルムを使用したのですが、と言えば小津安二郎が初めてカラー作品に挑んだ 「彼岸花(1958) もそれで、小津は(ちょっとこれ見よがしに)赤や緑や原色を小道具に配しておりましたが、衣笠監督は色褪せたボロの着物や帯や、ほんとにそこに自然にあるものを(さり気なく)配色した感じで、軍配はこちら♡。





長屋〜カラーで観て欲しい〜






物語の中心は、元漫才師で酒と女にだらしがない中村鴈治郎(がんじろう 当時56歳)とその娘で、こちらは亡くなった母親の教育で芸人にはならず、針仕事で駄目父親を支える京マチ子(当時34歳)。鴈治郎 VS マチ子とくれば、先に観ていた翌年公開の 「浮草 (1959) 」監督 小津安二郎 における旅芸人の座長とその愛人兼看板女優の関係を思い出し、そこでは日本映画史上屈指の雨中の罵り合い、河内弁まくしたての名場面が鮮烈だったので、個人的にはこの二人がどう魅せてくれるのかわくわくしてました。




「浮草」土砂降りの雨を挟んで長屋の軒下で睨み合う二人。






今回は親娘。いやはやこれがまた最高に良し。中村鴈治郎ほんと駄目なんです。給付金を手に取り病院に行って娘夫婦に渡さなければならないのに、つい「病院じゃ旨いもの食われへんやろ、おっさん適当に二つ三つ見繕ってや」と焼き鳥屋に立ち寄ります。飲むつもりなんてなかったのに「あ、最近漫才で見まへんな〜面白かったですな〜」なんて店主や客にちやほやされたら「一杯注いでや」とカウンターに座ります。すると金を持ってるとみた女が「うちもあんさんのファンでして〜ん♡」と白々しくも近づいて、鴈治郎「もう一杯」と崩れて行きます。結局お金使い込み&掏られて呆然と焼き鳥だけ持って病院に着いた鴈治郎、それを見た娘の京マチ子、決して「お父ちゃんのアホ!」とか激情しません。大好きな父親のアホな所も全部受け入れてしめじめと泣く姿。それを見て鴈治郎「わいは何てアホなんやっ」と自分の頭を叩くその侘しさ。そう、互いに劇的になりすぎない所が素晴らしい。芝居のすべてがベタじゃないんです。しみじみ伝わってきます。





左:大好きな山茶花究(さざんか・きゅう)さん(当時44歳)も出演。芸人たちをちゃっちゃと仕切ってました。






上方お笑い芸人総出演だからいくらでもコテコテに出来るだろうし、なのにそうならず、まるでその場で一緒に暮らして見ているかのような感覚になるのは、やはり還暦を過ぎた衣笠監督の演出力だと思います。永遠のいがぐり頭・高松英郎(当時29歳)が珍しく前髪たらして京マチ子の初恋の相手として出演。これまた他の作品では見せなかった優しい好青年役(たいがい悪役とか、正義でも困る役だったり)なので良し。




左:高松英郎(1929-2007)






中村鴈治郎も素晴らしかったのですが、何と言ってもヒロイン・京マチ子の演じ方というかこの映画での生き方が、どう言えば良いのだろう?良い意味で、ありえないほどキチガイなんです。あの狂ってるとかエキセントリックに走ってるとかじゃないんです、ただただその人物を生きているんです。が、フツーに考えて「京マチ子」ブランドを考えた時、らしい演じ方って絶対あると思うのですが、(まだまだ浅い観賞経験で偉そうなことは言えませんが)京マチ子さんに限って、映画ごとに違う。その違い方、役柄没入具合は本当にハンパないと思いました。他に大好きなので申し訳ないけど比較して、その違い方は田中絹代も山田五十鈴も若尾文子も、私個人だけの意見ですが太刀打ちできないなと。







1950年 「羅生門」監督 黒澤明 学生時代観て以来未見。





1953年 「雨月物語 (1953) 」監督 溝口健二




1956年 「赤線地帯 (1956)」 監督 溝口健二




1959年 「浮草 (1959)」 監督 小津安二郎 






1966年 「他人の顔 (1966)」 監督 勅使河原宏






と、私が観てこのサイトで紹介してきた作品のどれをとっても、顔・風貌は同じなのに生き方がまったく違うこと、発声も違う。ほんと素晴らしい、惚れ惚れ&感心しきりです。でもま、それが「役者」ってことなんですね、きっと。あと、衣笠監督作品初体験だったのですが、カット割りがゆったりとしてて長廻しが基本だったので、つまり舞台的でかつアップのアングルも極端に少なかったので、役者たちの芝居を空間的に観られるというか、カット割りだけで言うと雑なイラストで申し訳ないですが、同時代に活躍した小津安二郎監督は
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徹底したローアングルで日本間における人物の配置に拘り、つづく会話するAとBを見事に切り返して独特の映像リズムを構築しましたが、衣笠貞之助監督は恐らく「引き」です。引きで見せられるだけ見せて、次に「どんでん」して真逆に切り返します。ぴったり逆にカメラがきます。これにより当初は順光(差し込む日差しで映ってた人物が、切り替えした瞬間に逆光に変わり、かつ日差しが差し込んでくる側の開放感と奥行きが広がって、狭い汚いだけのはずの長屋に芸術的空間が出来るのです。いやこれほんま、DVD化されてないのでおっさん何アホなこと言ってるの?というご指摘まともに受けますが、ほんと、観られるチャンスがあるのなら是非、さり気なく凄いです。











終盤、演者一同が亡くなった芸人の追悼演芸公演を開きます。ここまででこの映画の物語は収束しているので、ラストになって急に冗長に感じます。つまり、当時の漫才を見せるという時間が、この映画には設けられているような。3組の漫才師の演目を、クレーンカメラでワンカットで一階席〜二階席へ移動させながら見せています。同じように撮っているのを観て感じたのは、そうかこの時代、テレビもビデオも無くラジオのみ。つまり、漫才師が動く映像・音声を映画の「おまけ」みたく付けていたんだなと。YOUTUBEにそのうちの2組の映像がアップされていたので貼っておきます ↓ 。





大阪の女より漫才シーン




昭和33年の、誰もが爆笑する漫才。その空気感を是非。個人的には記憶に残る「ミス・ハワイ」さんの可愛いエロが懐かしくて♡。

いくらカンヌやアカデミーで受賞しようが、語り継がないと意味がない。私が今になってようやく知ったこの映画、この素晴らしさ、ひとりでも多くの方と共有し、拡散できればと願う次第です。ほんと心温まり、かつ当時の生活リズムや人肌みたいなものを多く感じられた映画でした。感謝!!!





2018年 4月12日 
神田・神保町シアター ”東西対決! 輝ける<大映>男優の世界” にて観賞


冒頭、大阪通天閣映ります、大阪ロケありますが、何と”大映・東京”製作。つまりセットは東京?






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