兵隊やくざ (1965) 監督 増村保造






ストーリー&レビュー「映画データベース all cinema」





これを書いている2018年。日大アメフト部による悪質タックル問題がさかんに報道され、例えば有名選手による監督・指導者批判(パワハラ問題)など、さらに社会問題として「しつけ」を越えた体罰により幼い命が掻き消されてしまうような悲しい事件が取り沙汰されるなど、端的に言ってしまえば理不尽さの極みの枚挙にいとまが無い現実。それらに対して同調し批判したり憤りを覚えたりするのと同時に、こうゆう映画を観ると、そもそも日本人の村社会がベースになった体質みたいなものって、どれだけ様々なものが進化・革新をとげようとも消えないし、綿綿と続いているんだなとしみじみ感じました。












中国戦線、兵舎での入浴シーン。歩兵隊のおもに新兵たちが風呂に入っていたところに、砲兵隊の面々がどかどかと入ってきます。そして砲兵隊のベテランが「おまえら新兵だな!生意気に風呂に浸かりおって!出て行け!」とどやしつけ風呂から追い出し、明らかに弱そうなひとりを捕まえてボコボコに痛めつけます。そこに配置されたばかりの勝新太郎、娑婆では芸能の才能があって目をかけられていたにも関わらず仕方なくヤクザの用心棒をしておりましたから喧嘩はめっぽう強い。20人くらいの砲兵隊を容赦なく倒します。












その後、砲兵隊の上官が訪れ、勝新太郎の身分不相応なふるまい(階級を越えた暴力)をあげつらえ、この上官、娑婆ではボクサーだったのであわれ勝新太郎サンドバック状態にされます。されるがままだったのですが、勝新太郎の教育係でこの映画「兵隊やくざ」シリーズ屈指の相棒、上官・田村高廣が部下に命じて調べさせたところ、砲兵隊の上官は田村より軍隊の階級は上ですが、出征してからの年数では数年後輩だったことが判明します。田村高廣、この事実を突きつけて「軍隊では先輩後輩が優先される」として、砲兵隊上官による暴力は違法とし、勝新太郎に復讐を命じます。勝さん、上官からの命令なのでよっしゃとばかりやり返してしまいます。





左から、談笑するやられメイクの勝新太郎、田村高廣、増村保造監督。






ベーシックなノリがそこにあるのです。つまり、「戦争」という共通目標に向かっている次元とは別に、理不尽なことが当たり前なこととして存在していて、「お国のために戦う」とかどうこう置いといて、階級こそがすべてなんです。映画はその後、砲兵隊の上官が出世し階級があがったのでその命令で田村高廣がボコボコにされ、それを囮にしておびき寄せられた勝新太郎も危機一髪となって・・・でもでもあんたたち兵隊さん、何のためにそこに居るの?と。











ほんとイライラムカムカするほどの理不尽な世界。でも個人的には小〜中学生での部活や教師のふるまいを思い出してみると、あったあったと。教師は生徒を殴って当たり前だったなあ〜。それが変に懐かしくも感じてしまうと言えば非難されるだろうか?でも戦争という究極の現場の第一線に居る人たちにとっては、そうでもしなければやってられないことだったのかもしれないなと考えてみたり。






劇場に貼っていた公開当時の週刊誌記事より。









映画=興行ってかんじの写真。古き良き時代。邦画が斜陽化する寸前の時代なのだ・・・








二等兵物語 女と兵隊 蚤と兵隊 (1955) 監督 福田晴一 とかで描かれていた理不尽な世界がより痛く生々しく迫りました。
ところで「兵隊やくざ」における田村高廣の立ち位置に関して、あるサイトでは朴訥な勝新太郎をダシにして保身を計る狡猾な奴と批判もされているようですが、映画が単純に面白かったのでそれに関してはスルーさせていただきます。とにかく生きるために行動するという、目的は「生きる」こと。そこが明確なところが良いのだと感じたり。















2018年 4月16日
角川シネマ  ”大映男優祭”にて観賞




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