裸の島 (1960) 監督 新藤兼人






ストーリーほか Wikipedia




新藤兼人脚本・監督作品を2本立てでレビューします。

先ずは「裸の島」。

今回初めてYOUTUBEでアップされていたものをPCで観賞してしまいました。基本的に劇場公開観賞にこだわってはいるのですが、色々文献資料にあたってて、どうしてもすぐに観たくなってポチってしまった次第。この作品に関して新藤兼人さんが語っていたこと「台詞を排して表現する家族の営み」を、知ってから観たのでとてもとてもすべてが心に深く突き刺さった次第。












およそ90分の映画、感情的な「叫び」以外の台詞は、ありません。

瀬戸内海の無人島に暮らし、そこを耕して糧を得る夫婦:殿山泰司(当時45歳)と乙羽信子(当時36歳)すなわち新藤兼人組の定番。系統立てて観ると数年後の傑作 「強虫女と弱虫男 (1968) 」 における夫婦関係と決定的に違ってて、つくづく役者ってそれぞれの役柄を、その都度生きているのだな〜と感心してしまいます。ま、それはさておき。無人島とはいえ、そこは本島というか、内陸の地主さんが所有する土地なわけで、つまり殿山・乙羽夫婦および家族(小学生の男の子と未就学児の男の子)は、この地主さんの雇われ人という主従関係にある立場です。















この島には水道がありません。夫婦の日常は先ず、朝一番で空の桶を小舟に積み、内陸へ渡ることから始まります。すなわち「水」の確保です。水は飲料水や料理ということよりも、農作物への欠かせないものとして、内陸に渡ってから何回も汲み入れて舟に積んで引き返します。そして ↑ 先にお見せした写真のように、天秤棒でそっと、こぼさないようゆっくりと、島の急な斜面を登り、頂上から作物に撒くのです。この水汲みに便乗させて小学生の長男を内陸へ送り教育を受けさせます。そしてまた夕方に長男を迎え内陸を往復し夜は家族団らんです。ドラム缶風呂など♡。







乙羽信子(1924-1994)







淡々とした(但し現代に生きる私たちからすれば、自然に向き合う過酷な)日常が続く中、ある日、子どもたちが遊びの釣りで、大きな鯛が掛かります。これに父・母大喜び、内陸の魚屋さんに売って得るお金で、久しぶりに外食しよう〜なノリでお出かけ洋服に着替えて海を渡ります。が、その鯛なかなか買い取ってもらえず、何軒目かに訪れた料理屋でやっと買いたたかれ。でもそのわずかな収入で映画を観て定食屋さんで食事をして帰ってきます。そのささやかな喜び、家族の輪が美しくてたまりません。














終盤、そんな一家に突然事件が訪れます。

それにどう対応し向き合って、生きて(進んで)行くのか? 今まで何度も書いてきましたが、ここでも感じたのはやはり、何らかの形で「戦争」を実体験したスタッフ・キャストならではの表現、そのリアリティに魂が震えます。心掻きむしられるなんてものじゃないほどの深い悲しみ、に直面した人が次に起こす行動、思考、当たり前のようでいて忘れられがちなのは、自分自身は生きていること生きなければいけないこと、たとえ滂沱の涙に暮れても、自分自身と残されたものたちの「生」は続く、続かせねばならないこと。言葉にしない、無言劇というスタイルで描いた「生きる」ことの意味。超必見の一本です。






殿山泰司 (1915-1989)



Wikipedia によると波瀾万丈このうえない人生。もっともっと観てみたいです!







2018年 2月19日
Youtube にて観賞









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DVD


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モスクワ映画祭では作品賞・音楽賞獲得。


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