毎日お疲れ様です。よかったらゆっくりしていってくださいね♪

こんにちは、さつきです。
今日も学校や仕事、家事など色々とお疲れさまでした。

さて、今日僕が書く内容は自分の過去についてですね。
なぜ自分の過去をここに書くかというと、同情してほしいとか慰めてほしいというわけではないのです。
トラウマを掘り起こしてまでここに僕の過去を書く理由
それは、口先だけでものを言ってると思われたくないからです。
こういうことを言うやつは苦しい思いをしてきていないと思われたくないからです。
どうせ私の気持ちも知らないくせにと言ってほしくないからです。
そして今から僕が書くものを見て、皆さんに何かが残ってくれれば幸いです。



埼玉県に住んでいたある夫婦の間に一人の子供が生まれました。
それが僕です。
父はフリーターでいろんなところで仕事をしては辞め、様々な場所を家族で転々としていました。
それから三年後、僕に弟が出来ました。
さらに二年ほどでしょうか家庭に異変が起きたのは。
僕は母親に似ていて、弟は父親に似ていました。
ある日突然、母は僕に対して暴力を振るいご飯を抜き、玄関前に正座をさせました。
その時僕にはなぜこんなことをされているのかは意味もわかっていませんでした。
それから毎日、そのような虐待を受けていました。
理由は、母がコンロの火を消さなかったり電気をつけっぱなしにして外出したりすると「さつきがちゃんと確認しなかったからこうなった。」と言われたりとかでしたね。
それから虐待はどんどんエスカレートしていきます。
暴力は素手からベルトに変わり、玄関前で正座させられる時間が20分から2時間に増え、さらに食べているものがお米からしいの実を炒めたものに変わりました。
唯一の楽しみは玄関に正座させられているときにお父さんが帰ってくることでした。
父は厳しかったけど虐待には反対だったので。
食べていたものはしいの実だけだったのでお腹がすいてとてもつらかったのです。
そこで僕が親に隠れて食べていたものが新聞紙や段ボール、トイレットペーパーなどです。
たまに山へに捨てられていたこともありました。
ビニール袋にカップラーメンを三つほど入れ僕に持たせ「あなたは今日からここに住むのよ」と言われました。
実際その山に住んだのは三日程度でしたが(笑)
そういうことが幼少期にありましたね。
ちなみに母親が僕に対して虐待をしていた理由ですが、「自分を見ているようで嫌だった」らしいです。
虐待の理由なんて人それぞれですがやっぱり子供からしたら辛いものですよね。
普通の家庭がとても羨ましくて毎日泣いていました。

以上、幼少期編はこれで終わりです。
長々と話を書いてきましたが、これを読んで皆さんは何を感じたでしょうか。
僕は過去を振り返ってこう思います。
「親は子供を育てる責任があり、子供は無条件で幸せでなければならないという責任がある。」
今この世の中で親から虐待を受けている子供って腐るほどいるんです。
でも、それに気づいてあげれない大人はそれ以上にいます。
僕は、これ以上この世の中に僕みたいな存在を増やしてはいけないと思いこうやってブログに言葉を刻んでいます。
一人でも多くの人に届くように。
子供は一人では大人と戦うことはできません。
どうかこの世界に子供を見捨てない大人が増えますように。