【小説は書くのも読むのも面白いですよ。】

葛 城 山  

 平成二十三年二月四日


極寒の日の朝、十人の声優が東京上野の某スタジオに招集された。
 新作小説の第二弾「ある家族の場合Ⅱ」の朗読録音のために「気軽に聞く小説シリーズ」の一環として「ある家族の場合Ⅱ」のCD制作が目的でした。

 この「ある家族の場合」は、既に第一作が樹楽舎のドキメンタリー大賞に輝いている小説で、高校教師絵際沙紀さんが書いた処女作の続編であります。



 作品の内容を要約しますと、
ある山好きの一家が平和に暮らしていたある日、思わぬ難病と言う災難に襲われることとなり、一家が路頭に迷う事になります。
 切なく悲しくも耐え忍ばなければならないピンチに、家族が力を出し合って難局を乗り切ろうとしますが、難病と言う敵も只者ではない。容赦なく一家を苦しめるのです。
 それでも難病に一家総出で立ち向かっていく家族愛を、声優たちが見事に演じています。


 本を読むのとはまた違って、立体感のあるドラマが耳から入ってきて、貴方の心に多くのことを問いかけるでしょう。
 
 近年活字にアレルギーを感じている方も多くなってきていることも確かで、この本のように「気軽に聞く小説」が脚光を浴びているようです。
 第一作は既に文庫本以外に「聞く小説」としても好評を得ており、この第二作も同じ道を辿ってくれますことを切に願っています。


 プロの声優が奏でる身に迫る演技をとくとお楽しみください。
 







ある家族の場合Ⅱ 
 共著者 和佐俣亮 絵際沙紀

 私、和佐俣亮は若い時から山登りが好きで、気が詰んだ時や気分を入れ変えたい時などは、山へ登って汗をかき、心身ともにくたくたに成るまで追い込み気分を入れ変えていた。
 そしてこの日も奈良と大阪の境の葛城山と言う山に登り、鬱憤を晴らす様に逃げ腰であった。
 この日、登山道を連なって登った老婦人と親しくなり、結果的には山を下るまでご一緒することと成り、

老婦人の多くの言葉を耳にして、その日を境に私の生き方までが変わったように、今振り返ってつくづく思えてくる。
あの日あの時、何かが始まったような気がする。


 私の名は和佐俣亮、そして妻の名は明楽(あきら)、
二人が知り合って既に二十年が過ぎている。私は今四十五歳、妻は四十二歳。 知り合えたのは二人とも山登りが好きで、二十二年前、つまり妻が丁度二十歳の時に、二十三に成った私と知り会ったのである。

 あの日、私たちは大阪阿部野橋を出発して、近鉄で大阪と奈良の境に聳える葛城山に向かっていた。勿論その時は私と妻は違う車両に乗っていて全くの他人であった。
 

それから二条山駅で電車を降り、連なる二つの山を縦走する予定であった。
 妻も同じ思いであったようでそこで降りていた。それから登山道を歩き出した私は、数人を挟んで、私の後ろから歩いて来る妻に気が付いた。
驚いて見つめてしまった。何故なら私にとって妻の容姿は、吸い込まれる程の思いにさせられたからで、決して美人では無かったが、間違いなく好みのタイプであった。


 時たま目が合い鋭く感じ、きりりとしていて目は涼しそうな細さであったが、生きている意味をしっかり掴んでいるような、根性のある女と私には見えた。
勘違いかも知れないが、私にはそのように見えた。
 いつの間にかドキドキしている自分の心を感じ、当時は臆病とはいえ血気盛んな若者であったので、女友達と来ていた妻に近づきたくて堪らなく成ってきた。それだけ人目惚れだったのだろう。
 そしていつの間にか、いや意識的に彼女に近づく為に、靴の紐を結び直して、彼女のすぐ後ろに入るように虎視眈々として心が躍っていた。そして彼女の真後ろに陣取った。


 それから暫く歩いていると、彼女の女友達が荷物が重いと駄々を捏ねる様に、少々苛立って言葉を荒げた。
 そんな様子を見つめていた私は、
「もうすぐ道がフラットに成りますから、暫くの辛抱ですよ。」と優しく後ろから声を掛けた。
 その一言が切っ掛になって、妻の女友達は気さくに私に何だかんだと質問してきて、思わぬ事から妻も含めて三人は急接近する様に成った。


 頂上まで登頂する間に、私は妻の女友達の荷物を持ってあげた時もあり、妻もまた親切な人だと思ったのか、好印象を持ってくれているように思えた。
 頂上に着いた時は、二人を残して私は草むらに寝ころんで、高ぶる鼓動を抑える様に現実を取り戻していたが、それでもやはり気に成ったので、十分も経たない内に二人の所に近付き声を掛けていた。
気が付いた女友達が、
「一緒にお食事をしませんか?」気さくにその様に言われた。


思いがけない一言を聞く事に成り、私は目を白黒させながら「はい」と元気良く返事をしていた。
 女友達は余程無頓着なのか、何の警戒も無く私に声を掛けてくれた事が、どんなに嬉しかったか、女性と話す機会のない私にとって余程嬉しかったのか、其れで売店で売っているアイスを思い出し、私は三つ買って彼女たちにそれを渡して、
「お疲れでしたね。これでも食って下さい。」
そう言って挨拶変わりとばかり、思いっきり笑顔で二人を見つめた。
「有難うございます。ちょうど食べたかったからうれしいです!」
妻は遠慮気味にそう言って笑顔で答えた。


 それから食事が始まり、お互いコンビニで買ったてんやものだったので、何故か気が楽に成った事は確かで、話も知らぬ間に弾んでいた。
「おひとりで?」
「はい、たまには歩いて運動しないといけないと思い此方へ来ました。それにちょっとした理由もあり」
「お仕事は何時も机に座っているのでしょうか?」
「ええ、毎日。何しろ恥ずかしい話ですが、私小説家を目指していて」
「小説家?そうなのですか?それはそれは・・・」
「いや売れない小説家で終わるかも知れませんから、実家の家族は反対しています。せっかく大学まで行って居るのに勿体無いと」


「でも当たれば凄いのでしょう?」
「それが当たらない事が多くて、先輩にも居てましたが、埒が明かないと言うか、鳴かず飛ばずのようで」
「でも、そんな人でもある日突然様変わりする事だってあるのでしょう?」
「稀だと思いますよ。才能はどこにあるのか等、自分では判りませんからね。ただはっきりしている事は、必ず日の目を見ると言う固い決意を持っている事だけで、少なくともその気持ちだけは誰にも負けないものを持っている積りです。」


「それなら大丈夫!いつの日かこうして葛城山の頂上で、貴方と話し合った事が、素晴らしい思い出に成るように思えて来ましたよ」
「なら良いのですが・・・」
「そんな日が来たなら、私たちの事を覚えておいてくださいね。葛城山で出会った二人の女性に、励まされて今がありますと言ってくださいね。そうそう名前を言っておきます。私は横河香苗、そして彼女が磯川明楽、覚えておいてね。」
「はい、俺は和佐俣亮です。」
「和佐俣亮さんね。恰好いい名前ですね。」
「はぁ・・・そうですか・・・」


「それで今日はこんな綺麗な二人の女性と出会って、恋愛小説でも書かれますか?」
「本当ですね。幸せです。ここまで来た甲斐がありました。前にも何度かここへ来ていますが、今日が最高です。」
「うまく仰るのね。小説家だから・・・女の子が喜ぶ言い方を知っているのね。」
「いやぁ事実に勝るものは無いですよ。今日が最高ですよ。」
「またまた、これまでどれだけ同じセリフを使ってきたか・・・でしょう?」
「いえいえ、そんな事ないです。正直な気持ちです。」
「香苗、貴方は少し世の中を斜めに見る癖があるわよ。もっと素直でないと」
「そうですよ。心から言っているのですから、素直に受け取って頂きたいです。それほど楽しいでしょう?」


「明楽はそうやって胡麻をする。だからあなたは騙されるのよ。」
「そんな事無いって、和佐俣さんに失礼じゃない。」
「わかったわ。」
「そうですよ。素直に受け取って下さい。それでこれからお二人はどうされます?」
「暫くしてから同じ道を帰ります。」
「そうですか・・・でも楽しい時間を過ごす事が出来ました。食事が終わったら、俺はこれから暫く散策してから帰ります。」
「もうお別れですか?」
「はい、あなた方とずっと過ごしたいけど、でも余りにも図々しいとも思いますから、この辺で失礼します。楽しかったです。」


「私たちに然程興味が無かったと言う事でしょうか?」
「いえいえそうではありません。これが運命の出会いであっても、こんなに簡単に出会えるとは思いませんから。」
「運命の出会いであっても?」
「ええ」
「では貴方が言われる事が合っているかも知れないから、この儘お付き合い頂く事は出来ないでしょうか?」
「えっ?」


「明楽ったら、唐突にそんな事言って?」
「いえ、和佐俣さんが今言ったでしょう。運命の出会いかも知れないって?
 だからその様に思うのなら、この儘お付き合い下さって、はたして運命の出会いなのか、そうでは無いのか、お互い知る必要があるとは思いませんか?」
「明楽それって・・・和佐俣さんが大げさに言った社交辞令って事解らないの?」
「そうでしょうか?」


「いえ、多分お二人はわかっている筈です。ご自分がどの程度の女性か。決して下の方では無い事を、お互い意識されていると思います。
 第一俺から見てお二人は遜色ない、どちらも素敵な方だと思いますよ。間違っていないでしょう?」
「有難うございます。じゃぁ和佐俣さんは明楽が言ったように、これからも帰るまで、お付き合いくださいますか?あなたさえ問題ないのなら・・・」
「構いませんよ。お二人がそれ程いいのなら」
「本当に?あなたが言うように運命の出会いにしたいですね?」


「明楽、あなたって人は激情型って言うか、随分気に入ったのね。和佐俣さんの事が」
「和佐俣さんが運命の出会いなんて言うから、その時私何だか胸が締め付けられる様な気がしたわ」
「そうですって、明楽はいつもこんな風に積極的ではないのだけど、まるで病気に掛かったみたい」
「俺喜んで、ずっとこの儘お付き合いさせて頂きます。電車も一緒だったから帰りも同じようだし、それでいいのですね?」
「ええ」


「でもどうして和佐俣さんは、私たちに運命の出会いかも知れないなんて大袈裟なこと仰られたのですか?単なる例えだったのですか?」
「いえっ、どうしてかって・・・おそらく前に来た時にある方とご一緒して、心に刻まれた出来事があり、その時の事が蘇って来たのでしょうね。」
「その方は女性でしょう?綺麗な❓素敵なって言うべきかな?」
「ええ、確かに女性でしたが、歳は七十を超えていて大きな病気に掛かっている方で、それも癌で、既に手遅れって宣告されていたようでした。


 それでも大好きな山に渾身の思いで登って、おそらくあの日の登山が最後だったかも知れませんが、必死で登られていて、偶々その方と同じ電車で来て同じ道を、今日のコースとは違いましたが、
 その時私もアルバイトに行っていた会社が倒産して、金銭的にも追い詰められ路頭に迷っていた時で、とても辛い思いを背負ってこの山に登っていたのです。
 一緒に登りながらいろいろ話をして、お名前が徳磨りこさんと言う方で、大阪の城東区から来られている方でした。



 そしてこれで最後かも知れないと思いながら、一歩一歩噛み締めるように歩いていると言っていました。汗を一杯掻かれていて苦しそうでしたが、必死に歩き何とか頂上に辿り着き、汗を拭きながら思いっきり笑顔で、
【会社が倒産したの?それで砕けそうに成り、ふて腐れてここに来たのね?でもおばさんは明日にでも命が倒産しそうなのよ。
わかるでしょう?二度とこの道を歩けないかも知れないのよ。


 でも引き返すなんて事考えちゃダメ、楽だし簡単だけど、逃げちゃダメなの。それをしちゃ人間として駄目なの、登り切ってこそ人生なの。それこそ人の道なの。
 だからこの事を言いたかったから頑張って登って来たの。御免なさいね。重い話をしてしまったわ。
 もし生きていたなら、この命が生きる事を神様が許されたなら、来年も来て、あそこに見えているポールの隅に『感謝』と言う字を書いておくわ。
一番右の低い木の下の方に。


 だから貴方がまたここへ来られて、その時に大学も卒業して、しっかりした職場も見つけるとか、或は自分がしたい事を探すとか、心が落ち着いたなら、またここへ来てあのポールの下の方を見てね。
 何も書いていなかったなら私はそれまでの命だと思うわ。お医者さんが言っている事が当たっていると言う事ね。来年の今日の日に必ず来るから。
 でも今日は無理にでも来てよかったわ!あなたと言う人に会えた事で、何か良い物を一つだけ残せたように思うわ。たとえ明日までの命であっても。
 どこの馬の骨かもわからない私の言う事など、聞く耳も持たないかも知れないけど、でもあなたの人生で何か役に立てれば幸いだわ。」


 おばさんはそう言って別れたのです。そんなことがありました。
あれから一年が過ぎ、つまりおばさんが元気に再度ここへ来ているなら、丁度一か月前に来ている筈です。」
「だから貴方はそれを確かめにここへ来たのね?
おばさんが生きていている事を信じて。いやそうではないか・・・もし信じていたなら一か月前にここへ来ているわね?そうでしょう?一番おばさんが喜ぶはずだから」
「当たっています。貴方が言われる様に一か月前に来るべきだったけど、来たくなかった。もし出会え無かったなら一人で悲しむ事に成る事が解かっていたから」


「でも一か月が過ぎて、居ても立っても居られなく成って今日ここへ来たのね?」
「じゃぁあのポールの足元に感謝の文字が書かれているかを確かめないとね?」
「そうですね」
「ねぇ私たちも一緒に見てもいいですか?」
「はぁ、」
「だから和佐俣さんは今日運命を感じていたのね。私たちに関係なく・・・」
「かも知れないですね。」
「きっとそうよ。さぁ、行って探そうよ。」
「香苗、あなたが主役じゃないのよ。」


「解っているけど、このままさよならなんて出来ないわ。和佐俣さんの気持ちに成ると・・・」
「有難う。変な事に成って。でも嬉しいです。貴方方が助けてくれるように思えて来て」
「では行きましょう。確かめに・・・」
「はい。」
 三人は立ち上がり歩き出した。
横河香苗がいち早くポールに着いたが、わざと目を反らして私が確認するのを待った。
「ないな~どこにもないなぁ・・・」
そう言いながら何本もあるポールの全てをしつこく調べていた。
「ないな~」


それ以上の言葉は口にしなかったが、女性たちには何もかもわかった。
私は黙ったままポールを見つめていたが、気を取り戻して、
「偶々来れなかった事にして、これからもここにおばさんが感謝の字を書いてくれる事を信じて、今日は帰る事にします。」
 軽くその様に言った
「和佐俣さん、万が一だよ、万が一そのおばさんが亡くなっていたとしても、仕方ない事でしょう?お医者さんが言っているのだから、でも貴方が言ったように運命の様な出会いだって言った事は、明楽の言う様に当たっているかも知れないと思うわ。


 貴方は徳磨りこさんて方を、もしかすると喪ったかも知れないけど、私たちと知り会えた事は、そのおばさんが手を回してくれたのかも知れないわ。」
「へぇー香苗ってそんなメルヘンチックだった?私が言いたいセリフを香苗が言ってくれたわ。私もその様に思うわ。だけど元気を出して、まだ死んだわけじゃないから。」
「そうよ。体が思わしくなくて来られなかったかも知れないし、先生に止められたかも知れないでしょう?」
「ありがとう。やっぱり二人に助けられたね。生きている事を祈るよ。くよくよしていたらおばさんに叱られそうだね。」


「そうよ、命が倒産するかも知れない人には誰だって敵わないのよ」
「やっぱり今日は運命の日に成るかも知れないね。」
「それって、もしかして私たちのどちらかが、和佐俣さんのお嫁さんに成るとか?」
「そんな生意気な図に乗った事言いませんが、そんな日であってほしいとは思います。

 俺この山へ来るのは三度目かな、何かあると思うなこの山は。決していい事ばかりじゃないけど、前に来た時は春で、鼻炎が盛りだった時に、俺鼻炎が酷かったから、かなり強い薬を飲んで来て、その日は薬がよく効いたから良かったのだけど、調子に乗って毎日飲んでいると、体に変化が表れて、気が付けば下半身が動かなく成って、はっきり言ってトイレも上手く出来なく成ってしまい、学校も休まなければならなくなって、其れで病院通いの日が続いて、半年の間苦しんだ事があったな。



 そしてこの前に登った時はおばさんに出会って、さっきからしている話を聞かされ、其れで今回貴方方と出会って、この山には俺にとって何かが住んでいる山と思うな。
 先人たちもこの山には神が住んでいると考えていたようなことも聞いたことあるから・・・
 来る度に何か試練を与えられたり、反対に助けられたり、こうして貴方方と知り合えたのもこの山だからかも知れない。そんな風に思うよ。」
「和佐俣さん、また山から降りてからもお会いしましょうね。時間を作って」
「はい、俺なら大丈夫です。時間はたっぷりあります。」
「そうでしたね。小説を書いているって言っていましたね。でも其れってはっきり言って食べていけるのですか?」


「いや、無理です。今の状態なら・・・ですからおばさんが言っていた様に、どれだけ辛くても、どれだけ困難でも、登り切る事だけ考えています。」
「つまりそれは本が売れるって事ですね?」
「ええ、その通りです。」
「私たちは買うとしても・・・二冊では・・・」
「でも俺、おばさんが命に変えて言ってくれたかも知れないあの言葉を、大切にして生きて行く積りです。『山は登りきる事だけを考えなさい』と言った言葉を。」
「その言葉は和佐俣さんにとって大きな糧に成り、本を書くことは果てしない夢なのでしょうね。」
「ええ」


「やっと元気に成りましたね。徳間のおばさんが貴方の心の中で、いつも生きている事だけは確かなようですね。」
「嬉しい事を言って下さいますね。その言葉が何よりです。有難う。」
「では少し散策してから帰りましょうか?」
「今度はあの山へ登りたいですね?」
「あれは?」
「金剛山です。冬に登れば格別です。」
「行きたいですね。」
「明楽行く気?私は遠慮するわ。寒いのは苦手だから」


「そんなこと言ったら、二人で登らなければならないじゃない。」
「断ればいいのよ。」
「それはそうだけど・・・」
「明楽?残念そうね?」
「そんな事ないけど」
「待って下さい。言っただけですから・・・無理しなくってもいいですから、仲たがいに成っては困ります。」
「明楽、あなたが行ってきたら、和佐俣さんと二人で」
まさかと思う流れに成ったので、私はこれではいけないと思い、
「気が向いたら、また暖かくなった時にでも行きましょうよ。三人で」
そう言って締めくくった。



 それから三人で高原をくまなく歩きつづけ、すすきの原に座り込んで、時間が流れるのを感じ乍ら過ごした。
 憂いを思わす夕陽にはまだ時間があったが、惜しむ様に下山した。
ススキが夕日に包まれる光景も味わいたかったが、それまでには時間があり過ぎて、足取りも軽やかに下山していた。
 別れ際横河香苗が私に向かって、笑いながら「メール交換して貰えますね?」と聞いてきた。
私はやや強張りながら携帯を差出し、二人のメールをコピーして、二人の顔を見つめていると、


「和佐俣さん、私は貴方方の監視役なのよ。明楽が虐められない様に、騙されたりしない様に、監視させて貰うから・・・」
「それはどう言う意味ですか?」
「意味って、私に説明させる気なの?貴方明楽と冬に金剛山に登りたいって誘ったんじゃないの?私の目を盗んで」
「いえ?」
「だって明楽がそう言っているわよ。」
「香苗、違うわ。変なこと言わないで、私は冬に登ってもいいと思っているだけだから」
「解るでしょう?私が無理だと言っているのに、明楽は貴方と登りたいって」
「そうは言ってないわ。三人でなら・・・」


「明楽、はっきりさせておくわ。今度の冬に二人で登りなさい。もう直ぐだから。それまでに三人で食事でもしないとね。それでいいでしょう和佐俣さん?」
「ええ、嬉しいです。やっぱり今日は運命の日に成るかも知れませんね。」
「それは考え過ぎだわ。明楽だって今日を境に貴方の事が嫌に成るかも知れないでしょう?
未だ海のものとも山のものとも判らない状態だもの」
「ええ、でも恋愛小説に成るような未来が始まればいいと俺は願っています。」
「そうか・・・そう出るか・・・明楽そうだって」
「・・・」

「黙ってないで何か言いなさいよ。」
「大阪へ帰ったら阿倍野ででも三人で食事でもしませんか?俺が奢りますから」
「そう、じゃぁご馳走に成ります。それでいいわね明楽?」
「はい、でも悪くないですか?」
「構いません。嬉しいです。」


 その日から私と磯川明楽との実質的な付き合いが始まり、翌年春私たちは結婚する運びとなった。
 当然二人で冬の金剛山にも、樹氷で有名な奈良県と三重県の県境の高見山にも足を運んでいた。
 私は近くの量販店でアルバイトをしながら小説を書き、叶わぬ夢と戦っていた。
 妻に成った磯川明楽はこんな私と知り合ったばかりに、毎日スーパーへパートに出てレジを打ち稼いでくれていた。
 それから二年が経ち、妻が妊娠した事が判り、私達は今の内にとあの葛城山に再度行く事を決めた。
 

 重い病気だったが挫けることなく、山を登り切っていた徳磨りこさんと出会ってから、三年半の歳月が流れていた。
 頂上に着くなり明楽の口から
「行こう。」と私を案内するようにポールの側へ行き感謝の字を探したが、どこにも見当たらないことで、明楽は私を見つめて悲しそうな顔をして、
「無理かな・・・期待する方が酷かも知れないな」


私は気を使ってくれている明楽にその様に言って、逆に慰めるように言うと、
「そのおばさんってここへ何度も来ていなかったの?もし何度も来ていたのなら、例えばこのポールだって誰かが寄付したとか、大勢の人が参加して作ったものであるとか、どこかに足跡が残っているかも知れないじゃない。管理事務所とかあるのじゃないの?聞いてみて、どこの誰かがわかったなら、例えどんな状態でもはっきりするじゃない。
 私貴方に付き合ってこれからも同じ思いに成らなければならないの結構辛いのよ。聞けないかなぁ…」
「解った聞いてみるよ。管理事務所とかあるのなら、何かが判るかも知れないから」



 それから私は後日、何とか管理事務所があることを突き止め、大阪の城東区から再三葛城山に来ていたかも知れない、徳磨りこさんと言う方が居なかったか尋ねていた。
事務所の方が、
「徳磨りこさんは何年か前から音信不通になっているかも知れません。行事がある時に往復はがきでご案内申し上げましたが、既に返信なしの米印が入っていますね。 つまり不参加と言うことです。それまでは間違いなく来て頂いていましたが。」
「そうですか。実は徳磨さんは大病を患っていて、四年近く前にそのことを仰っておられました。でもその時必ず来年も来るからって言われ、約束させて頂いたのですが・・・」


「そんなことがありましたか。大病をね・・・」
「ええ、手遅れの癌だと仰っていました。でもあの日山は諦めてはいけないと、登り切ってこそ山であり人生でもあると、力説され、それを言うが為に名も知らない私に対し、自分の体にムチ打って、それが頂上で力説に繋がったようです。
 無理をされていたと思いましたが、渾身の思いで登られたのだと思います。


 あの後心置きなく亡くなられたのかも知れませんね。だから私にその様な言い方をされて」
「心置きなくですか?」
「ええ、今から思えばあの方は私に魂を預けて逝かれたように思います。生きているとは考えられません。まさにあの時が最期だったのでしょう。」
「なんでしたらここに電話番号が残っていますから、聞いてみましょうか?」
「ええ可能なら」
「この事務所からだと問題無いと思いますから」
「お願いします」


 それから電話を事務員さんがしてくれたが、息子さんが電話に出られ
「母は三年半ほど前に亡くなりました。葛城山へ行くと言って先生の言うことを聞かずに無理をして、其れで山から帰ってきて、間もなく倒れてあっと言う間に肺炎を併発し眠る様に・・・」
「そうでしたか、ご愁傷様です。生前はご協力いただきました事深くお礼申し上げます。
 実はここにお客様が来て居られ、お母さまの消息を心配されている方のようで、何だったらお代わりしましょうか?」
「そうですか。ではお礼を言わないといけないと思います。代わっていただければ」
「初めまして、私和佐俣亮と申します。実はお母さんと三年半ほど前、ご一緒させて貰いました。
 駅から降りた時は名前も知りませんでしたが、終日お付き合い下さり、其れで来年も登ると言っておられました。只病気が病気だけに、先生が言うことが正しいかも知れないとも言っておられました。


 お母さんにあの日出会い、そして終日色んな話を聞かせて貰って、私の心の中で、あれから間違いなくお母さんが笑顔で見てくれているように思います。
 亡くなっていた事を今知りましたが、私の心の中では生涯生き続ける方だと思います。立派な方でした・・・本当にご冥福をお祈り致します。」
「ご丁寧なお言葉感謝申し上げます。母も喜んでいると思います。山が好きで、特に葛城山には何度も通っていたようです。和佐俣さんもこれからも葛城山に登られるなら、母を思い出してあげて下さい。」
「ええ、お母さんは頂上にあるポールに、感謝の文字を書いておくからって言いながら、夢叶わなかったようです。ですからお母さんが待っていてくれている場所はわかっています。有難うございました。では失礼致します。」
 



 私は心で準備していた通りに成った事で、寂しくもあり悲しくもあり、それでいてあの日二人で八時間近く話し合ったことが、深い思いでに成っていて何よりであった。
「お世話に成りました。お気の毒ですが、はっきりして良かったと思います。叶わぬ思いでありましたが、万が一と思う希望の様なものもあり、僅かでも奇跡を信じていたことも確かです。でもそんなに奇跡など起こらないのですね。」
「まぁ徳磨さんの為にもこれからも山へ登ってあげて下さい。喜んでくれると思いますよ。」
「ええ」


 想定内の出来事であったが、それでも心の中で仕切らなければならない現実を思うと、実に悲しかった。正にあの日あの時の一期一会の重みがあった。
 私はあの時のおばさんが只管に話し続けた人生の薀蓄や、目を輝かせて語り続けた人生そのものを、波乱万丈であっただろう歩んで来た道を、今更のように想像していた。
 

 あれから私たちは家族で何度葛城山に赴いたか、
二十年近くの間に私はあのおばさんを何度思い出して偲んだか、妻も私に引き吊られる様に同じ思いになってくれたか、そして子供たちも私の意を酌んで付き合ってくれたか。
 我が家は薄汚い六畳と四畳半とキッチンの間取りで、そんな古くから建っていたマンションに住み着いたのが二十年前、


妻の家族は結婚に反対していて、更にそこで住むことは気に入らなかった様であったが、背に腹はかえられない事実がその様に判断させていた。
 一昔前の悲話の芝居が始まりそうな雰囲気の建物であり夫婦であったが、それでもまるで運命の人と出会ったと思うように二人とも思っていて、愛こそあれ苦に成るものは何一つなかった。



 其れよりむしろ明楽と結ばれたことが、何にも増していて、それは明楽もまた同じ思いで居てくれたことが何よりであった。
 二年後に子供も出来、更に四年後に二人目も出来、男の子が二人すくすくと育っていた。
そして子供たちがなんとか力強く歩きだした頃、家族で葛城山に詣でることにした。
 我が家にとって葛城山は、言わば神聖な山であると私は勝手に思っているが、子供たちはそんなこと関係ない様でせっせと登り続けた。



 それでも下の真我(しんが)は間もなく私の背中に再三おんぶされることに成り、思いのほかその重さにあまり足を鍛えていない私にとって、過酷な思いの連続であった。
 何とか頂上まで辿り着いた時は既に昼を回っていて、計画では午前十一時ごろに着く予定であったがそうはいかなかった。
 子供たちに、二人が知り合って仲良くなり、そして結婚した過ぎし日の出来事を語りながら食事を済ませた。
 まるで興味がないのか下の真我は居眠りさえして、限界を超しているのか辛そうである。その姿は「帰りもおんぶしてくれるね。」と言っている様に思えてきて、心が重くなってきた。
 お腹が膨らんで眠そうな子供たちの心の内を読んで、四人で並んで眠ることにした。
 雲が流れ、至福の空気が覆い被さり。風は穏やかで柔らかく、そして優しく我々を包みそっと抜けてゆく。
 


目が覚めたときはすでに子供たちははしゃいでいて、妻も彼らと共に両手を振り上げ音頭をとっている。
 私は二十九歳に成り妻は二十六歳に、売れない小説家と苦労を承知で一緒に成った妻明楽であったが、相変わらず文句など一言も言わず耐えてくれていた。
 私は相変わらずアルバイトで妻の機嫌を取っている。妻にすれは歯がゆい思いだっただろうが、それを口にすることも態度に出すことも一度もない。
 それは私が気が付かない能天気な性格かも知れないが、だからと言って何も出来ないし、今のスタイルを壊したくはない。それが唯一の我人生の拘りなのだからと、その様に何度も念じながら日を重ねている。

間違いなく妻に感謝である、まさに感謝の繰り返しである。鉛筆を持ち白い紙を活字で埋め尽くすことが許されるのは」
 
 私が目を覚ましたことに気が付いた長男の賢真(けんしん)が、大きな声を張り上げて私にボールを投げてきた。 それから拘りのあのポールへ向かって歩き出した。
 ポールまで彼らを案内する様に導き、追いかけてきた妻の目を見るとやさしく笑っている。
『またあなたのセンチメンタルな思い出が今日も始まるのね。』
まるでそのように言わんとしている。
「賢真、真我、この柱の下にね、父さんに優しくしてくれたおばさんが眠っているんだよ。色んなこと教えてくれたおばさんが」


「死んだの?」
「あぁ死んでしまったらしい。」
「それじゃこの下に叔母さんの骨が埋めてあるんだね?」 
「いやそうではないけど、そんなものかな・・・おばさんがこの柱になってみんなを見守ってくれていると思うよ。こうして家族で来ていることを喜んでくれていると思うよ。
 父さんが叔母さんと初めて出会った時は、まだ母さんのこと知らなかったからなぁ。きっとこのおばさんが父さんたちを結びつけてくれたと思っているんだ。」


「そうよ、愛のキューピットよ。おばさんは」
「よかったね。父さんも母さんも」
「幸せですか?」
「なによー生意気な・・・真我までおませなこと言って」
「これからも時々ここへきて元気な姿をおばさんに見て貰おうよ。今度は真我も自分の足で歩くんだよ。」
「うん」
「じゃぁ早速今日の帰りは自分で歩こうか?」
「・・・今度来たときからね。」
「真我上手く逃げたね!」

 私たちは家族団らんで終日を満喫して家路についていた。弟の真我はそれなりに面倒であったが、それはそれなりに可愛いものであり、兄の賢真はやはり兄らしく、弟を時には叱咤し時には励まして、兄貴らしく纏めようとしている。
 私は不甲斐無い小説家であるにもかかわらず、子供たちは立派な子供たちに見えるし、親父の不甲斐無さなどまるで感じさせない誇りさえ持っているように見える。



 妻も然りでパートをして夫を支えている、切羽詰まった雰囲気など微塵ともなくやたらと明るい。
 こんなつつましやかな生き方をしている私にとって、どれほど色んな意味でありがたい彼らたちであるか計り知れない。
 この人たちが居なかったなら私はもっと体たらくで、だらしない人生を妄想に包まれて勘違いして生きていたかも知れない。
それが芸術家と言うほど裏付けもなく確証もない。ただ先の見えない何かに意地になっているだけに過ぎない。
 そしてその人生が最良なのか、それとも最悪なのか自分でもはかれないだろう。
妻を娶り夫として、今の私は生きるためにアルバイトはしているが、頑張ってはいない。派遣の人の様に悲惨でもないし鬱憤もあまりない。そして手を動かしながら小説の一節を考え、その一筋で涙を流す読者を想像し、酔いしれる読者を頭に描き、恐れ多くも勝ち誇った気でいる。
たった一冊の本さえ売ったことのない私が・・・
なんと間の抜けたことか。バイト先の班長がそれを知ったなら罵声が飛んできそうである。


 そんな私であった。だからこの二十年で家族ができ私は少しは世間の父親の様に責任を感じ振舞うように見せかけていたが、だがそれは本質ではなくあくまで伏線に過ぎなかった。
 私はあくまで小説に拘る身勝手な人間のようである。妻が今愛想を尽かして出て行くと言ったなら、私にはどうすることも、妻を引き留めることなど、その決意を覆す理念などどこにもない。
 それでも我が家は世間並みに二十年近くの月日を重ね、子供たちは中学生と高校生になり、飢えてひもじい思いをすることもなく育ち続けてくれている。
 
 それでよかった。家族ってそれだけでよかった。
順風満帆でたとえ貧乏であっても世間狭くともそれでよかった。
誰もが笑顔を耐やさない暖かな空気が充満している状態でよかった。またそれがあの日まで続いていた。
 二年前、妻明楽が病院に駆け込んで苦しみと不安を訴えてから、我が家の空気が百八十度変わってしまった。


 妻明楽が重い病気の緑内障であることを診断され、家族がこの日から路頭に迷うこととなった。それも早期治療を怠った事による深刻な状態であることもわかった。
 この病気は早期発見されれば処置が出来、大事にならなかったが、妻は頭痛と勘違いして市販の痛み止めを飲んでいて、突然やってきた症状にあたふたとしなければならなかった。
 おそらくそれまでに何らかの兆候は出ていたと主治医が言っていたが、妻は自分が簡単には仕事を休めないことを体で覚えていたので、自分の辛さを誤魔化すことさえ慣れっこに成っていた様に思う。
 アルバイトしかしない私、そんな夫や家族を支えなければならないプレッシャーが、彼女を険しい考えにさせていたのだろう。

 妻は二年前になり症状が出たが、それまでから潜伏期間があり、四十歳近くの歳になったことで発症したのかも知れないと言われた。
 ストレスや生活環境で発症するとも言われ、血流障害が原因で成るとも言われた。
 この病気は妻のように両目に症状が出て眼科医に担ぎ込まれて判ったことであったが、片方だと気が付かない患者も居るらしい。

 それで検査を受けて初めて気が付く者も居るようで、まるで生きる環境の落とし穴に嵌ったように、妻はとんでもない荷物を背負わなければならない事となった。
 妻は失明しても仕方ないとも言われ、恐ろしい病気であるとくどく説明され、遅きであったが懸命に治療を受け、進行を止めて貰うことは出来たが、
 それから妻は狭まった視界にも耐えて働き続けていた。


 仕事場のスーパーでもレジから外の場所に変えて貰い、それでも目は次第に悪くなって行っているようで、あれだけ明るく男勝りで闊達であった筈が、今は決してそうではなく、苛立ちを表していることも多くなり、家族は誰もが母明楽を案じていた。

 発症を知らされてから二年が過ぎ、妻明楽の目はこの二年の間に相当悪くなっていて、更に悪いことにまだ若くして普通掛かることの稀な、パーキンソン病にも掛かっていることがわかり、その症状が次第に出て来ると言う始末であった。
 
 パーキンソン病とは妻の年齢では比較的珍しく、五十歳にも六十歳にもなってからの病気らしいが、たまたま妻はその病気にかかってしまった。
 それでなくとも視野がどんどんと狭くなっている現実に怯え、その上に
このパーキンソンと言う病気は、手足の震えを起こし筋肉が硬直し、覇気が薄れ、更にふらつく足と手足の震え、予想だにしない現実を妻は受け入れなければならなく成っていた。

「あーぁ死にたくなってきたわ。お先真っ暗ってこのことね!」
投げ槍に妻はそんなセリフを毎日のように重ねて憂さを晴らしていたが、私とてどうすることも出来ないでいた。
 それは医学的にも難しい病状であったようで、誰もが気を使い温かい心で向き合ったとしても、どうすることも出来ない現実であった。

 妻はまだ四十歳の歳を迎えたばかりであった。
「無理ね!私はこの目と手で、ご飯を作り洗濯もして、それで床に転げて、どれだけ痛みに堪えて頑張っても、明るい未来などないのね。
明楽と言う明るく楽しい未来などどこにも無いようね。こんな名前をつけてくれた両親に文句の一つでも言いたくなるわ。
でもそれは私らしくないし、罰があたるわね。それでも正直悔しいわ!」
 薄暗い部屋で妻明楽が涙をうっすら光らせながらそのように独り言を言うように口にした。
 

 そんな妻が病院へ行っているある日、長男の賢真が私の前に神妙に座り、
「父さんはっきり言って母さんこれから日を追うごとに悪くなって行くのでしょう?」
そう口にした。
「母さんあまり長く生きられないだろうね・・・生きれたとしても苦しんで苦しんで生きなければならないだろうね・・・」
そのようにも付け加えた。

「でも母さんにとって今一番何が大事だと思う?長く生きる事?これからも苦しんで苦しんで辛い思いをして生き続ける事?」
そこまで口にした。
「賢真やめなさい。母さんが耳にすれば悲しむようなことを言うんじゃないよ!」
私は堪らなくなって長男にそのように言い返すように口にしていた。

「でも父さん、この二年間母さんをどこかへ連れて行ってあげた?行ってないでしょう?母さんも病気で苦しんでいるから一度も口にしたことはないけど、でも本当はどこかへでも行きたいのじゃないの?いつも行っている葛城山とか?」
「無理だよ、そんなことしたら母さん余計に辛い思いをしたり、苦しまなければならないと思うよ。家の中でも倒れたりしているから、山道なんて無理だと思うよ。可哀想だけど・・・」
「ぼくね・・・母さんに近い内に聞いてみるよ。山へ登りたくないかって?
それで登りたいって言ったなら何とかしてあげようよ。


 母さんこのまま朽ち果てるように弱っていくのなんか見たくないから。
僕の言っていることが医学的には間違いかも知れないけど、
でも父さんいつか言っていたよね、父さんが昔、癌に侵され余命幾ばくかも知れないおばさんと一日中葛城山で一緒だった時のことを、何度も聞かされたよね。
あの話今のかあさんに必要じゃないのかな?」
「そうか~賢真はそんなこと思ってくれているのか。優しいじゃないか・・・」
「どうしてこんなこと言うのかと言うと・・・万が一だよ、万が一母さんが近い将来に歩けなくなって目も見えなくなって・・・そんな風に考えたら、今のうちに母さんの人生で、悔いが残らないようにしてあげるのが家族の役目じゃないかな・・・


 たぶん母さんは父さんが何度も話している、その大阪のおばさんのことを聞かされて、母さん心が動いて貧乏小説家の奥さんに成ったのと違うの?僕はそのように捉えているよ父さんたち夫婦のことを」
「そうか・・・良いこと言ってくれるな。賢真も大人の仲間入りをしてきたようだな。ありがとうな。」
「実を言うとね、母さん仕事辞めてから家に居るだろう。僕学校から帰ってきて、母さんが台所で目を真っ赤にして泣いている姿何度か見たんだ。一生懸命ごまかして隠そうとしていたけど。
 それは真我も言っていたよ。だから僕も真我も学校から帰るときは、玄関先で大きな声を出して《ただいま》って言うことをいつの日にか二人で決めていたんだ。
母さんが泣いていたとしても、それを隠せるような時間が要ると思ったから。僕らに対する母さんの気づかいだと思ったから。


 だからあれから母さんの目が真っ赤に成っていることが無くなったけど。
僕たちに見せまいと母さんも必死だったんだろうね。」
「そうか・・・・そんなことがあったのか・・・」
「だから父さん、僕ら家族として今母さんに何かをしてあげるべきだと思うよ。母さんに万が一のことが起こっても悔いの残らない家族でありたいから・・・」
「賢真・・・賢真の言う通りだな・・・母さん喜ぶよ賢真の気持ちを知ったなら、そうか・・・そんな風に考えてくれていたんだね。」


 その賢真の思いが家族会議になったのは然程時間が要らなかった。
妻が担当の眼医者に聞き、さらにパーキンソン病の担当医に相談して、
三年近く途絶えていた家族そろっての山登りが再開されることとなった。



 平成六年四月二十五日
私たち家族は知り尽くした葛城山に向かっていた。
まだ肌寒い時節であったが、妻が一日でも早く連れて行ってほしいと嘆願したので、我が儘に似た言い方であったが聞き入れることとした。
 山頂まで登ると可成り冷たいことも想像出来たが、それでも妻はどんなに喜び、どんなにはしゃぐよう


朝一番に家族四人は電車に乗り二条山駅に向かっていた。
私はこれで何度同じことを繰り返したか、大阪城東区の徳間りこさんと出会った時からでも何度もこの山に来たことを数えた。
  ところが二条山駅まで来たところで、妻明楽が躊躇する態度に急変した。
家族の後押しで妻も山登りに動じていたが、思いのほか体が動かず、また動かすことさえ辛かったのか、ただ黙って俯きながら『自分だけが駅で待つわ。』と言い出した。


 それは不自然な光景であったことは言うまでもない。
電車の中で座っている間はわからないが、いざ立ち上がりそれで坂道を歩かなければならない現実は重すぎた様であった。
 私は妻のことをそんなに重く考えていなかったので、気持も手伝って勢いで登ってくれるものであると軽く考えていた。



 電車から降りた人々は誰もがはつらつと登山道に消えて行き、我々の家族だけが取り残されるように駅のベンチで悶々とした。
「無理だわ・・・」
妻がそう言った。
「絶対むりよ・・・」
更に念を押すように付け加えた。
「母さん辛いの・・・登ろうよ。」
長男の賢真が母の顔を覗き込むようにして、案ずるようにそう口にした。
「ごめんね。せっかく連れてきてもらったのに、この座間じゃみんなに迷惑かけるわ。」
「母さん、じゃぁ引き返すほどいいの?」
「ごめんね。急におかしくなって・・・」



「僕らが手伝うから母さん登ろうよ。あんなに楽しみにしていたのに・・・」
弟の真我も母の目を見ながら、納得がいかないようで残念そうにそう言った。
妻明楽は目に涙を光らせ二人の子供たちの肩に手を当てながら、うつむいて「ごめんね!」とそれでも口にしたので、
「そうか無理か・・・じゃぁ帰ろうか?でもせっかく来たのだから山は無理だとしても、どこかもっと楽な所へ行くなら良いだろう?子供たちが楽しめるところが」
「でも今日は母さんが主役だから」
私の言葉に賢真が切り返すように言葉を荒げてそう言った。
「賢真ありがとうな。」妻は俯いたままで賢真をかばったので、


「じゃぁ明楽が一番いい方法を言って」
私はそのように纏めた積りであったが、子供たちは納得いかないようで、思わぬ方向に進むことが情けなかったのかも知れない。
 私はその時、これから次第にこんなぎくしゃくしたやり取りを繰り返すのだろうと、家族がどんどんと暗闇に突き進んで行く未来の姿を想像していた。


 妻明楽は今私の視界の半分になっているかも知れない。いやもっと狭くなっているかも知れない。そして二本の足は思い通りに動くことさえ出来ないようであることを、私はどれだけ理解しバックアップしなければならないかを、十分理解しているか、それさえもわからない。
不安だけが私たち家族を包んでいる様に、その時ひしひしと感じた。

 次の電車で直ぐにとんぼ返りすることにしたが、駅員さんは不思議そうな顔で見送ってくれていたが、仕方なかった。
「阿倍野で何かおいしいもの食って帰ろうか?」
まだ昼には時間があったが、その言葉に妻も子供たちも笑顔になり、それでもたいしてご馳走と言う物も注文することなく、みんな質素な食べ物で満足していた。ギョーザとチャーハン精々その様な献立であった。



 私はその時気が付く事に成ったが、長年子供たちにさえ、ご馳走の食べ物がどんなものであるかさえ、経験させて居なかったように思う。
 貧乏小説家がアルバイト、その妻もパートで生計を立てて居る我が家、それは初めからで現在の姿でもある。子供たちはご馳走が何であるかすら知らないのである。
彼らにすれば余程迷惑な境遇であったろうに、結構幸せに思ってくれているようである。
だから賢真も真我も水準以上の優しさを持ち合わせてくれているように思っている。
それとも彼らは十分わかっていて、敢えて親が嫌がることを言わないのかも知れない。もしそうだとしても、彼らが親を思う優しさ以外の何物でもない。



 お腹を満腹にして自宅へ帰るなり、子供たちはどこかへ遊びに出掛けた。
妻明楽は相変わらず落ち込んでいるようで、誰よりも何度も登った葛城山に登れ無かったことが相当ショックであったらしい。
「これから私はこんな毎日と喧嘩しながら生きていかなければならないようね。」
そこまで口にして両膝をかかえ、俯きながら涙を堪えている。
私はその彼女の気持ちが痛いほどわかったが、逆に、
「なぁ明楽、初めて出会った時のような明るい君を見ることは出来ないのかなぁ?
 病気は辛いだろうけど、でも今日の君は病気に負けているように思うな。
何も分かっていない僕が生意気な事を言っているかも知れないけど。でも明楽は自分自身の視野を自ら狭めて行っているのじゃないのかな?


あの初めて出会った時のように、僕がまるで運命の人って言った言葉に、君は積極的に心を開いてくれたよね。たぶん普段はおとなしい筈の君が、あの時は積極的に心の中に飛び込んでくれたよね。友達の香苗さんが驚いていたじゃない。
 でも今はその逆で心を閉じようとしているように思うな。二条山駅で病気を外の人に見られたくなっかったから、君は億劫に成ったかも知れない。そんな風にも思ったよ。
 それは僕には判らないから、明楽自身で考えて。賢真も多くは口にしないけど、随分残念がっていると思うよ。あの子はね。母さんのことを人一倍心配しているから・・・
 それに明楽が思いのほか弱っている事でショックだと思うよ。あいつが母さんを一日でも早い内に、どこかへ連れて行ってあげたいとしぶとく言っていたから…」
「そうね。どうして私だけこんなに成るのか、いくら慰めて貰っても、私は往生際悪いけど認めたくないのね。
 いつまでも何故?なぜ?って自問自答しているのね。宿命なのかも知れないわ。父さんも結構病気がちだったから、あの歳で死んでしまったから」
「明楽、頑張っている君に、頑張れよなんて言いたくないから、君が苦しまなければ成らないなら、力に成るから何でも遠慮なく言うんだよ」
「ええ、でも亮さんはこの頃小説を書くこともなくなっているでしょう。私が働けないから、亮さんに何もかも皺寄せに成ってしまって。申し訳ないと思うわ。」


「でも明楽、私の小説がいまだ一度だって日の目を見ていないんだよ。
だから偉そうなこと言えないだろう・・・君の両親にも結婚するとき立派なことを言って挨拶させて貰ったこともあるし・・・でもお父さんももう居ないから見て貰うことも出来ないし…」
「だから気を使って?」
「そうだね。いや違う!今私にとって一番大事なことは明楽の世話を必死になってすることだと思っているし、子供たちもそう言っているよ。当たり前のように。だから私が小説を書けない事など当たり前だから、気にしなくってもいいから」
「それじゃぁ私が生きている内に亮さんの本を手にすることが出来ないかも知れないわね?私はあなたの人生まで狂わせているかも知れないのね。」


「明楽、そんな考え方しないほどいいよ。誰も喜ばないよ。そんな言い方は誰もが暗くなるだろう?
 そんなことを思わず、今度はきちんと山へ登ることを考えてほしいな。あの城東区の徳間りこさんの話を何度かしたよね。山って引き返すのは簡単だけど登り切ってこそ山って話を聞かされたことを。
 だからこの前も君に是が非でも登って貰いたかった。痛いかも知れない、苦しいかも知れないけど、たとえ山の上で何か辛いことが起こったとしても、私たち家族がみんな側でいるのだから・・・でも無理を言ってはいけないけど。


 明楽、これからも二人の先生の言うように、君の病気は大変辛いことの繰り返しだと思う。私にはその苦しみも辛さも、情けなさも歯がゆさも、何一つわかっていないと思う。
でも賢真がいつも言っているように、君は絶対悔いの無い毎日で在って貰いたいと、家族は誰もが思っているから、また気が向いたら葛城山に登ろうよ。嫌かな?」
「・・・」
 妻明楽は返事を躊躇してうつむいてしまった。
私もそれ以上はくどくは言葉にしなかったが、妻はほほを緩ませているように私には見えて心は落ち着いてきた。


 たった四人の家族でその中の一人が重い病気に侵され、決して開ける事のない将来に向かって、歩んで行かなければならない現実が常に妻に圧し掛かっている。
 私たち夫婦はまるで丸と三角の間柄になっていて、決してかみ合うことなど無いように思うのは私だけで、果たして妻はどのように思っているだろうか・・・
 病気になって苦しむ妻の着ているものを、乱暴に荒々しく剥がすことなど出来ない。お互い健全で若いときはそれでよかった。ともに夢中になり燃えていた。
 それが恋で、夫婦としての夜であった。その激しさが二人を燃えさせ、恍惚の世界に辿り着いていたことは確かであったが・・・
 過ぎし日のあの暑い夜を思い出しながら、丸く背を折り眠ってしまった妻に夏の毛布を掛け、私はどうにもならない現状を、冬の風に曝される様に感じていた。
 
 それから暑い夏は終わり山々が色ずき始めたころになって、賢真が
「母さん、もう一度挑戦しない?葛城山が待っているよ?この頃少し調子良いのじゃないの?夏に比べて暑いのも収まって来たから、体が楽になってきただろ?もう一度山登り考えてね?」
「そうだね・・・行きたいけど・・・」
「僕ね、こんなことしていちゃ駄目だと思って、来週から学校の近くでアルバイトするから、面接もして採用されたから、だからこれから自由が無くなって、あまり休めないから、だから今度の日曜日にでも行かない?」



「お父さんに相談してみるよ。私だけで決められないから」
「いやぁ父さんなんて関係ないよ。母さん次第だよ。母さんが是非って言ったなら父さんは従うよ。ちがう?父さん前に言っていたよ。母さん次第だって、でも父さんは母さんに無理を言いたくないから遠慮していると思うよ。
 この頃アルバイトに精を出しているし、好きな本を書くことも抑えて、家族の為に頑張っているから。父さんも精一杯だから」
「そうね。私が頑張らなければいけないのに、こんなになってしまって、申し訳ないわ。」


「母さんその話はもいいから・・・だから母さん思い切って今度の休みにみんなで山へ行こう。僕らみんなで母さんを支えてやるから。真我にも紐かなんかを持って行かせて手伝わすから。正直僕も今度の休みに行きたいのだけど、頂上までは随分行っていないだろう?
 またみんなで葛城山の頂上でおにぎりでも食って綺麗な空気吸って・・・母さん行けるって!まじ行こうよ、みんなで」


 賢真はこれ迄になく必要に母に言い寄った。
その強引さが功を奏したのか、翌週の日曜日に家族は葛城山を目指すこととなった。
 アルバイトに精を出さざるを得なくなった私は、免許をとり軽四輪の中古を買って、だから今回は車で奈良県御所市の葛城山登山口まで走ることにした。また万が一のことを考えて、帰りはケーブルを利用出来るようにも考えて、万全を期す計画を立てた積りであった。
 そして実行日になり、まだ朝日が差し始めた早朝に、私たち家族は出発し、暫く走ると眩しく強烈に朝日が家族を照らし始めたが、それでも妻はまだ、はっきりわかっていないのか、私たち家族は驚かされるセリフが妻から飛び出した。


「まだ暗いのね。」
 目が侵されていることがその一言で分かった。
誰も「まぶしい!」と言うことさえ言えず、子供たちは母の言葉を、かみ砕いて呑み込もうとしている様に私には思えた。


 妻明楽が可哀想すぎた。手足の自由を奪われ始め、そして目も今のセリフが示すように、遠くない時期にその役目が終わるかも知れない・・・
 私は突き刺さる朝日に向かって目に湧き上がってくる涙を、どうすることも出来なかった。そして神様は意地悪だとつくづく思えてきて悔しかった。
「母さん真っ赤な朝日が出てきたよ。今日はかなり天気がいいと思うよ。
それにこんなに朝早くだからまだ登山に来る人も少ないと思うから、今日は気楽に頑張って登ろうな。」

「そうね。少し明るくなってきたわねぇ。みんなに迷惑かけるかも知れないけど、賢真も真我も父さんも頼んでおくわよ。」
「大丈夫だって母さん。僕ねこれ見て!」
「なに?」
「これ触って」
「紐?」
「そう兄ちゃんがこれで母さんを引っ張ってあげなって」
「そうだよ母さん。みんなで母さんを頂上まで連れて行くから。」
「ありがとうね。みんなうれしいよ。母さんうれしいよ。頑張るわ。」
「明楽、こうなったら登らないわけにはいかないね。いよいよ母さん次第って事に成って来たね。子供たちの為にも頑張ってあげて。でも決して無理の無いように、明楽が気持ち良いと思うことが大事だから。

 だから前のように途中で無理だと思ったなら、引き返すことだって間違いじゃないから。それが為にも今回はケーブルの乗り場の横から山へ登るから。」
「初めてだね。葛城山の登山口から登るの?」
「そうだな、父さんがまだ独身の頃に一度だけ登ったことがあったけど随分前のことだな」
「ねぇ、父さんが母さんと知り合ったのは、二条山の登山口から登った時だっていつか言っていたね、もし、もし父さんも母さんも二条山登山口から登っていなかったなら、二人は出会わなかったわけだね?運命の人なんてかっこういいこと言うことも無かったんだね?」


「賢真、父さんはね私にあんなこと言ったけど、あの言葉は誰でもよかったのよ。父さんは小説家でロマンチックだから、相手かまわず『あなたはまるで運命の人だ』なんて言っていると思うわ。だから私は父さんのその言葉を真に受けて、でも結果的には私お父さんの人生を台無しにしてしまって」
「おいおい明楽、今日はその言い方はご法度だから。止めなさい。」
「ごめんなさい。」
 
 
私は妻が同じ落としどころへ持って行くことに、苛立ちさえ感じながらハンドルを持ち続けている。
 この早朝の限りない爽快さも、澄んだ空気も彼女はわかっていないのか、時折外を見るだけで殆ど俯いている。
 これは彼女にとって一番快い形なのか、私にはわからないが、決して景色のことは口にしない。
 これから先、間違いなく終わることなく、この思いを継続しなければならないのである。
 かみ合わない会話もかみ合うようにしなければならない。
 まだ四十歳半ばにも成っていない妻明楽、そして私でさえまだ四十歳の中ほど。何が二人に試練を与えるのか私にはわからない、神を冒涜したこともなければ蔑ろにしたこともない。先祖を嫌な思いにさせたことなど考えられない。粛々と歩んできた我が道、そして妻明楽の道

 これだけの試練など私も妻も考えていなかった。でもいよいよ現実に圧し掛かって来ているその重みが、更に増したように感じた。
「父さんも母さんもまるでお通夜に行くみたいだね。黙ってしまって」
賢真が私たち二人の心に通っているものを感じたのか、そのように明るく言った。
「そうだお二人さん元気出して」
弟の真我までもがつけくわえた。


 私たち家族は山麓線に入りやがて御所市櫛羅につき、葛城山登山口の駐車場に着いた。
 妻の目は明るさに慣れてきたのか、最近家の中でほとんどを過ごしている性か、限りなく晴れ渡った青空の元では、いつもより視界が良好なのか、思いのほか明るいことに気が付いた私は、何故か肩の荷が降りて行くように思えて、
「さぁついたぞ!明楽、今日は我が儘言わせないぞ!」
私は笑いながら無理にそのように元気よく敢えて口にした。
「わかっています。」
妻も私に待ってましたと言わんばかりにそのように答えた。
そして二人は見合って笑顔になった。

 登り口は階段があり妻にとってはかなりの難所であったが、何とかごまかしながら、皆は一歩一歩ずつであったが登り始めた。
まだケーブルが動いていないこともあり、登山客はまばらで、何も気を使わなくってもいいからと、その事を妻に告げ、妻は気に成っていたより遥かに力強く歩き続けてくれる事が嬉しくて、妻を無理に連れて来たことが正解であったとしみじみと感じ、無理に妻の心を動かせてくれたことに、今さらであったが、どこまでも思いやりのある兄賢真に感謝していていた。


「明楽、案外大丈夫じゃない?来てよかったね。賢真が無理やり強引に言ったから実行出来たけど、賢真ありがとうな」
「よかっただろう。父さんも母さんも、これでまた来れるように今日は頑張らないとね母さん」
「あぁ頑張るよ!今日はみんなの為にも」
「そうだよ、僕はともかく真我はまだ子供だから、母さんにまだまだ頑張って貰わないと。もともと目が見えない人も世の中に沢山居るのだから。みんな頑張っているのだから」
「そうだね。賢真の言う通りだね。おまえさんも来週からアルバイトしてくれるんだね。亮さん、そうらしいわよ。私がこんなことになってみんな苦労だね。ありがとうね。」
「それが家族じゃないか。賢真も体に気を付けて頑張れよ。勉強もおろそかにしないようにだけ気を付けて」
「あぁ」

 私たちは他に誰も居ないことをいいことに大きな声を出しながら、僅かずつであったが頂上を目指していた。
 いつの日か私が一人でこの山に来たとき、それはこの葛城山ロープウエーがある正にこのコースで、たまたま出会った徳間りこさんと、終日お供をさせて貰って聞かされた多くの話は、今に生きていることを感慨深く思い出しながら歩き続けていた。
 今横で歩き続ける妻は、せいぜいと喉を鳴らす音が聞こえる苦しそうであったが、敢えてこちらから声を掛けることをしないで、出来るだけ強い心で歩き続けてくれる事を願いながら見守っていると、弟の真我がリュックに仕舞ってあった紐を取り出し、妻の手にその端を持たせ、せっせとその紐を引き始めた。」


「うわぁー助かるわ、楽ちんだわ。待って腰に巻くわね。」
妻は大きな声を張り上げて、思いがけない有り難いことをして貰ったように大げさにそう言った。
 真我は殊の外嬉しかったのか、腰に紐を巻き付けて牛の様にせっせと引き続けたので、妻がこけそうになったが、慌てて私は真我に注文を付けたりせず、妻の脇に肩を入れ倒れないように妻を庇った。
「父さん、僕が変わってあげるから」
兄賢真が私を見てそんな風に言って私に変わるように催促してきた。


 賢真に支えられてそして真我に引っ張られて、妻は一生懸命歩き続けている。
「どうか神様妻がこれ以上悪くならないようにお願い出来ないでしょうか?
私たちの家族に何か許されない事があるのでしょうか? お願いです妻も子達もこのように必死なのです。」
 グラグラとなりながら、必死で歩き続ける妻の姿を見つめながら、私は祈りながら心を熱くしていた。
 
 歩き始めて二時間も過ぎた頃に、さすが妻はとうとう苦しさを正直に口にするようになった。
「ごめんなさい。みんな申し訳ないね。これ以上母さん無理かも知れないわ。」
そのように言ったので私は妻の前にいき
「母さん私がおんぶするからそれなら行けるだろう?引き返すにしてもかえって辛いと思うよ。だからとりあえず登り切って、それで辛かったなら、辛抱出来ないなら、ケーブルで降りればいいから。


 だから私がおんぶするから登り切ろう。きっと上に行けば何か得るものがあると思うよ。」
「そうだよ母さん僕も父さんと代わり代わりでおんぶしてあげるから」
賢真も力強くそう言い、私達はそれから妻を代わる代わるでおんぶして頂上を目指した。
妻も歩ける所は歩いたが、それでも相当辛かったのか常に倒れそうで、恐々であることが、私たち家族が悲壮感を感じる結果となったが、  
 それでも私も賢真も何一つ泣き言を言わず妻を背負って頂上に向かっていた。

 頂上に着いたときは既に昼になっていて、相当時間が掛かったことは言うまでもない。
 まだ暑さの残る九月だったので、その疲れは少なくとも私は相当なものであり、足の筋肉が引き吊っていることが判り、今にもこむら返りを起こしそうであった。
 賢真はそうでもなかったのか若さがそうさせていて、いや彼の場合は物理的な物よりむしろ心に只管なものがあったようで、それは私以上だったのかも知れない。母を思う気持ちが誰よりも強く只管であったようである。


 それは私に要因があるのではなく、むしろ妻の心の温かさを彼は引き継いでいるように思えた。
 草むらにシートをひきみんなで座り、弁当を広げそれをほう張り、冗談を言って笑いあっているのは、まさしく素晴らしい家族であると、私は嬉しさで堪らなく心が熱く成って来るのを抑えられなかった。
だからいつの間にか黙ってしまって、
「とうさん、母さんをおんぶして疲れたから無口になって・・・息をゼイゼイさせて黙ってしまって・・・」
真我がそのように言って私をからかってみんなを笑わせた。

「そりゃ父さんは小説ばかり書いてきたから、いつも椅子に座って足腰が弱っているからなぁ・・・でも今はいくらかはましになっていると思うよ。だってアルバイトで鍛えられているから。帰りは真我が父さんに変わって母さんをおんぶして貰おうかな?」
「無理無理、僕は紐で母さんを引っ張ってあげるから」
「でも真我帰りは下りだからその必要はないと思うよ。」
「そうだね。代わりに荷物を持って貰おうかな?」

 たわいもない会話を交わしながら至福の時が流れる。
この家族にまるで不幸など来る筈がないように。
 しかし妻は時折笑顔を忘れる。食事を済ませ子ども達がはしゃいでいる時も、何故かもの悲しそうな仕草を取り戻すようにする。
 それは声ははっきり聞こえているにも拘わらず、彼女には子供たちの姿が、時折視界から消える歯がゆさや悔しさを、苛立つ心を表情で表しているような気がする。


「母さん来てよかったね。美味しい空気吸って、美味しいおにぎり食べて、来てよかっただろう?」
「ええ、賢真が強く言ってくれて決心がついて、来てよかった。でも来年も来たいかって聞かれたら・・・そうね・・・来年も来れるかって聞かれたら・・・」
「そんな先の事を今考えなくっても今が大事だから・・・昔同じ様な話を聞かされたことあったけど、今は今日のことだけを考えて」
「そうね。世の中は成るようにしか成らないものね。今日の日に感謝ってことね。子供たちに感謝、あなたに感謝ってことね・・・」
「そうだよ・・・美味しかったおにぎりに感謝、それを作ってくれた明楽に感謝だよ」
 
 私たちはたわいもなくそんな会話を交わしていると、子供たちが戻ってきてどこかへ行こうと言い出した。
 山には何もない。あるとすればロッジの建物があるだけで、それが心を打つほどのものであるかなど私は知らない。
 おそらく今まで利用したかったとも思わなかったし、興味等無かった。だから今まで何回も来ているのに、一度も行ったことはない。


 それと言うのもこの山に来るのは、もっと情緒的で、正直に言って、気が詰まった時や、人生に戸惑いを感じた時などに来ていた根底があったので、言い換えれば人様を避けていたから、それなりに意味はあったが、ロッジに泊まって夕焼けに酔い知れる様な、ロマンチックな事など結婚するまで考えた事は無かった。
 それから結婚してからも妻明楽と話しはしたが、何しろ安く泊まれることはわかっていたが、それさえもままならない家庭事情であった。
 だから子供たちにもこの空気を吸い、目の前に広がるススキが、やがて秋の色濃くなった頃に、十分憂いを感じることを口にするだけで、他は何も要らないと思っていた。
 それに初夏に来て満開のつつじに酔いしれる事など今まで一度も考えもしなかった。


 でも子供たちはそんな憂いで満たされることなど考えられないのか、或いは余計なのか、退屈を感じた彼らは草の上に座り、どこかへ行こうと言いながらゲームを夢中でしている。
 それから私たちは十分九月の快い風を感じながら下山する事を決めた
 まだ下山には少し早かったが、万が一のことを考えて、また妻があまり人が多くなると辛いだろうと思い、私なりに気を使って判断した。
 
 下りは思いのほか急で、それでも妻は何とか私たちに支えられながら頑張って下り続けた。
 何度も何度も休憩をはさみ、妻の心が乱れないようにと十二分に気を使いながら、機嫌よくみんなは車の在る所まで戻ることが出来、妻が駐車場を離れ際に、《山の神様、また来れるようにお祈りいたします。》そうか細く神妙に言ったのが身に詰まっていて可哀想であった。



 何度も思うが、妻はまだ四十歳半ばにも成っていない。だから私の心のどこかで妻と同様に、現状を認めたくないのか、往生際が悪いようで、妻の一言にも僅かな動作にも一喜一憂している。
 これは只管に愛しているからか、それとも現実を認めたく無く、奇跡などと言う言葉を信じようとして、単に往生際が悪いだけなのか、隣で眠りについた妻、車のハンドルを持ちながら重い気持ちに成っていた。
 子供たちもすやすやと死んだように眠っている。
 この幸せな家族では何故いけないのかと、またしても私は神様に問い訪ねている。

 何とか葛城山登山は無事こなすことが出来、家族の誰もが心を豊かにしていた。
長男は宣言通りアルバイトに行くようになり、これまでにない引き締まった家族に変わろうとしていた。兄の影響で弟の真我も、いつの間にか家族の為になるような行動を自然としているようで、それは母親の辛さを思っての優しさから来ているものであることは言うまでもなかった。
 
 
家族って、幸せって、何でもないことを言うのか、それとも切羽詰まった環境でピリピリと神経を尖らすとか、何か逆風を感じながらそれを乗り越え生き続けることが、それもある意味幸せに感じるのか、
 私は我が家族がいかなる状況であっても、見失うものもなく冷静に常に幸せを求めているように思える。この思いは繰り返す毎日毎日を大事に生き続けているからだろう。
雨降って地が固まったように、山登りはそれなりに成果はあった。 
 妻はそれからも口にこそ出さなかったが、あの登山を境に体の調子が良くなったかと言えば、決してそんなことはなく、医学は滅多と嘘をつかないようである。

 言い換えればあの日から更に少しだけでも状態は悪くなっているように思うが、暑すぎた真夏の時期に比べれば、朝夕涼しくなったこの季節は、比較的暮らし易いだろうと思えた。
 月三回ほど行く病院も、妻の当たり前の行事に成っていたが、症状を詳しく聞くことも無くなり、妻もまた私や子供たちに心配をかけたくないのか、あまり病気の現状に触れることは無くなっていた。
 それでも私もアルバイトに朝早く出かけることもあり、妻の様態を私から聞くことをしないようにしていたので、健全な者には判らない現実が、妻の体や心をむしばみ始めていたことは確かであった。
 妻はバランスを崩し倒れることも時々あり、それはパーキンソン病独特の症状で、病院の先生にお任せする以外に私たち家族はどうする事も出来ないでいた。


 勿論目の方も相当視界が狭くなっているのか、夕方に成るとまるで勘で動いているような仕草であるのか、子供たちも相当気に成っているようである。
 長男は学校が終わるや否や、すぐにアルバイト先に行き仕事着に着かえて、せっせと働いているようで、夜の九時近くになったころ、疲れ果てたように帰って来てることが当たり前の姿になっていた。
 妻は私と長男が家に帰って来るまでにどれだけの思いをして、夕食を作ってくれているかなど想像することもなく、質素だったが美味しく夕食を頂く毎日を繰り返していた。
 ところがそんな日を当たり前のように繰り返していた時、妻が大けがをした。転んで右手の肘から床に倒れ複雑骨折をしたのである。


「可哀想に・・・」私にはそれ以上の言葉が見当たらなかったのは、そんな日がいづれ近い内に来るだろうと、心のどこかで思っていたからで、まさにそれが今来たのである。
 病院のベッドの上で横になる妻は悲しそうに私を見て溢れる程涙を流したが、それは今の姿に泣いていると言うより、これからもっともっと苦しまなければならない将来を予感しての、助けを求めての涙だったのだろう。
 止め処もなく涙は妻を責め立てるように出続けていた。気丈だった妻明楽は間違いなく様変わりしていた。
 その現実を裏付けるように妻は小さな声で「これが私の生きざまね!悔しいけど・・・もう無理・・・」吐き捨てるようにそう言った。



「十分気をつけてあげてください。これから患者さんは次第に症状が重くなって行く事が考えられます。二つの大きな病気を抱えていることから、逃れられないわけですから、家族の支えが何よりです。場合によっては突飛な事の繰り返しになると思われます。入院されることもご検討下さい。」
 担当医にそのように神妙に言われ、私の心が硬く成っていくのを覚えながら聞き入っていた。
《目が見えなく成っていく様な妻が、足腰がふらつくパーキンソン病と言う大病を抱えてどうする?》



私にはわからなかった。先日葛城山へ登った時に頂上にあるポールに向かって、あの感謝の気持ちがしみ込んだと思われる、あのポールに向かって《どうか妻がこれ以上悪くならないようにお願いしておきます。徳真りこさん。助けてあげてください・・・・・》
私は目を瞑ってその様に只管お願いしていたが、
 でもあれからまだ僅かの日なのに、妻は次のステージに容赦なく移されたように思った。宿命なのか運命なのか・・・私にはわからないが・・・
 
 私は泣き続ける妻のほほに手をやり優しくなでながら、その手で妻の手を握り「体のことを考えてこれからは慎重にな?みんなに心配かけるから・・・」そんな風にしか言えなかった。
「随分と弱ったな!」とは思いたくなかった。
むしろ慌てていて躓いて転んだのだと思いたかった。
 妻はそれから一か月近く入院したのち退院してまた家事を始めたが、今までと同じにはいかず、筋肉も劣ってしまって何とか歩いて、ごそごそするだけで精一杯のようであった。


 夕方になると殆ど見えないのか危なっかしいと自分で言い出した。
だからあまり手の込んだものなど作れないと言い出したので、私は妻に、惣菜を私が買って帰り、妻はようやくご飯を炊くだけで、それ以上はしないように強く口にしていた。
 妻はそれだけでもやっとだったのか、次第に借りてきた猫のように大人しく毎日を過ごすようになり、ボンボンベッドで横になり、静かにイヤホーンで演歌を聞くのが落ち着くのか、まるで優雅な奥様のように、昼日中からそんな毎日を繰り返していた。



 目の不自由な人でも炊事洗濯をこなしている人もいると思われたが、妻の場合は毎日変化して今の状態になったわけで、それに筋肉が硬直したり震えが来たり、思わぬ現象が起こったり、それは厄介なものであった。
 だからまるでベッドへ寝転んで気楽な毎日に見えたが、決してそうではなく、彼女にとって数少ない選択だったのだろう。



 ところがそれから一年が過ぎたころ、妻明楽の目は何とか膠着状態で保っていたが、パーキンソン病は決して全壊することなく、やや酷くなった状態で不安定ではあったが、それでもそれなりに落ち着いていて、妻は明るく振る舞っていた。
「母さんあれからどれくらい経つ?」
「あれからって?」
「だから葛城山へ登った日から」
「そうだね。・・・一年以上なるね。」
「もう嫌?あの山へ行くの?」
「無理だと思うわ。そんなこと言っても・・・」
「いや無理じゃないよ。僕たち居るから、それに真我も高校生になり体でっかくなったから、今じゃ彼だって母さんをおんぶしてくれるから。だから母さんさえ行きたいと思ったならいつでも行ってもいいから。」


「でもはっきり言って、母さんあの山道を歩くことなど出来そうにないわ。」
「母さん、だから僕たちが居るって、男三人も、またおんぶするって、
登れば風が違うし流す汗も違うから。第一母さんの心の中も洗われるだろう?誰よりも山が好きな母さんじゃない?」
「それはそうだけど」
「母さん、僕変なこと言うけど、真我にも母さんの温かさを教えてあげて貰えないかな?」
「温かさなら毎日感じてくれていないの?母さんはこんな体だけど、お前たちは何より大事に思ってきた筈だよ」


「いやそうじゃなくって、真我も母さんをおんぶして思いっきり汗を掻きたいと思うよ。あいつはそんなこと言ったことないけど。
 母さんはっきり言うけど、母さんも父さんも僕たちより早く死んで逝くと思う。だから・・・・うまく言えないけどあいつにも母さんの温かさを背中で感じさせてあげたいと思ったから。
 それって以前に母さんをおんぶした時に、どうしてか知らないけど、あの時のことが忘れられなくって、よく思い出すんだ。これが親孝行なんだとあの時思って、それが今でも思うから。僕には一番の思い出になっているから。」 
「そうなの・・・ありがとうね。」


「だからもし母さんが構わないならまた暖かくなったら、それともつつじの季節になったなら葛城山へ行こうよ。」
「つつじのころね・・・ええ、私にそれだけの力が残っていたならね・・・
賢真、母さんね、今こんなにしてボンボンベッドでほとんど寝転んで、音楽聞いているような毎日だから、これでいいのよ。
たとえ目が見えなくなっても、別に美味しいもの食べられなくっても、今が一番幸せだと思うわ。



 この儘あと僅かの命であっても、十分幸せな毎日を過ごさせて貰ったと、いつも感謝しているのよ。
 賢真たちが結婚して赤ちゃんが出来て幸せになって、それも見たいけど、でもあなたたちなら間違いなく幸せになってくれると思うから、何も心配していないのよ。」
「でも真我にも僕と同じような経験をさせてあげたいから。確かに前山へ行ったときは、紐で引っ張って頑張ったから忘れることないと思うけど、それはそれとして・・・また考えておくからその時が来たら考えてね。つつじの頃がいいと誰もが言っているから、ロッジに泊まってもいいんだよ。母さんも父さんも葛城山に何回も行っているのに泊まったことないんだろう。安いし親切にしてくれるようだよ。行けたら行こうよ。」
「あと半年向こうね、。でも私は残念ながら目が見えないかも知れないと思うけど。それに足だって・・・」


「だから母さん目だけじゃないだろう?耳も鼻もあるだろう?風だって見えない人には匂うかも知れないし、聞こえるだろうし、想像することもできるし、歩け無かったなら僕たちがおんぶするって」
「わかったわ。贅沢なこと言っちゃいけないわね。」
「そうだよ。ベッドで寝てばかりでいないで、杖ついてでも歩いて、少しでも足腰を鍛えてくれないと、母さんが誰よりも頑張らないといけないんだよ。負けないで負けちゃ駄目だから」
「そうだね。賢真の言う通りね。みんな頑張ってくれているのに私が頑張らないとね。」

 それまで妻明楽はまるでパンダのように、ボンボンベッドに身を沈めることがよくあったが、それがいつの間にか無くなり、四つん這いになってでもごそごそと、常に家事や何かをするようになった。
 それはまだ四十歳半ばの年齢であることは誰が見てもわかることで、決して母に甘えや緩みなど、心の中にあってはいけないと言わんばかりに、以外と一番優しい筈の長男賢真が母にきつかった。
 それでも妻明楽は確実に目も体も悪くなって行っているようで、口にこそ出さなかったが、日常の動作からもその衰えを感じさせられる毎日を繰り返していた。



 長男賢真の優しい心遣いでその思いに応えるために、母明楽は今一度葛城山へ登りたかったが、家族が思う以上に衰え続ける現実に、怖ささえ感じる毎日を繰り返していた。
 それから半年が過ぎ、長男賢真が高校を卒業する時期になり、進学の話を考えることは考えたが、経済的にその道は不可能であった。それより
高校生の間にアルバイトを重ね母を案じ、また好きな彼女も出来、賢真は躊躇なく就職を選んでいた。
 弟の真我も兄に変わって高校生活が二年目を迎えていたが、躊躇うことなくアルバイトを見つけ力強い若者になっていた。

 初夏になりつつじの咲くころになった葛城山は、風の頼りを大阪の和佐俣家にまで届かせていた。
「明楽、葛城山でつつじが咲く時期が近づいてきている様だよ。今日の新聞に載っているなぁ」
「そうですか。きれいでしょうね。」
「でも不思議と私たちはこの時期には行ったことないからなぁ。つつじが咲くころには。」
「結婚するまでにも?」
「行ったことないよ。あの山は気が詰んだ時とか、嫌なことがあったときとか、気分転換にそんな時行っていたから」

「賢真がね、今度つつじが咲くころに行かないかって言うのよ。それも真我も大きくなったから私をおんぶさせてあげたいらしいわ。
あの子私をおんぶして何か思うものあったのでしょうね。優しい子だから。照れくさそうにこの前聞かされたわ。」
「そうだね、あいつ私にも説教染みたこと言うからなぁ。母さんが元気な内に、母さんの思うようにさせてあげたらってしつこく言われたよ。心底優しい所あるようだな。」
「でも結構きつくも言うのよ。」
「それは母さんを思ってのことだからだよ。」
「わかっています。みんな腫物を触るようにするからね。父さんも・・・」
「そうだな。変わってやれないからな、たった一日でも」
「ごめんなさいね。せっかく小説書きたくて生まれてきたような人なのに、こんなことになって・・・」


「それはお互いさま。言いっこなしだよ。この十八年間私は明楽が稼ぐお金で食わせて貰っていたようなものだから。それを言えば私が誰よりも辛くなるから。明楽のお父さんやお母さんにも大きなこと言ったことあったから、面目ないから・・・それに明楽の目の病気だって私の性だと思うから」
「そんなことないわ。私の勘違いからよそれは。
亮さんあの時必ず売れて見せますって言ったわね。あの時大きな声で、声震わせて」
「そう、だから・・・もうこの話はお仕舞」
「でも時間が許せる限り遠慮なく書いてね。あなたの作品見たいから。」
「あぁ出来れば」
「真我に朗読してもらうから」
 
 長男賢真は近くのスーパー銭湯へ就職し、母明楽はそれなりに重病に纏わり着かれたような毎日であったが、子供たちが順調に成長していることで心は穏やかになっていた。
 病気は改善することなく進行を遅らせる程度の治療を繰り返されていたので、気の晴れることはなく、 それは家族の私にも主治医から聞かされていて、妻同様に同じ思いと覚悟の毎日であったので、それ以上のことは望めなかった。

 落ち着いていた筈の妻が、五月の連休明けの五月六日、急に悪くなり、体の異変を訴え救急車で病院に担ぎ込まれ、私たち家族は冷や水を浴びる思いをさせられた。
 誰も居ない家で妻は何とか電話にしがみつき救急の電話を入れた様で
その切羽詰まった有様を涙一杯にして話した時、私は不謹慎であったが、妻の命が一本の蝋燭(ろうそく)に変わったように思えた。


 そのことがあってから慌てて妻にも携帯を持たせる手続きをしたが、いつ何が起こってもありうる状態であることを容赦なく知らされた。

 妻が二日後退院して落ち着きを取り戻したが、私は兎にも角にも仕事を休まなければならなくなり、一日も早く正常には成らなくても、これ迄と同じような環境に戻るように願った。
 壊れそうな危なっかしい家族であったが、それでも妻は次第に元気を取り戻し、鬼気迫るものを忘れそうになったとき、妻の口からある思いを口にした。
「ねぇみんな、賢真がいつか言ってくれていたように、母さんもだいぶ落ち着いたから、葛城山へつつじ見に連れて行ってもらえないかな?
賢真、連れて行ってくれるね?」


「いいよ、いつでも母さんさえ問題なければ。元気が出てきたんだね。僕また母さんおぶって登るから。それに真我も今度は母さんをおぶれば何ら問題ないから、
父さんだって居てるし・・・母さん行こうよ。また山に行ってつつじを見て、みんなでワイワイやれば気も晴れると思うよ。行こうよ!行こう!」
「僕も兄ちゃんと代わる代わるで母さんをおんぶするから。」
弟真我もまんざらではないように力強くそのように口にした。
 五月も半ばになっていて、刹那の内に終わる花の盛りもはっきり調べず、ただただ家族で葛城山に行くことが、何にもまして意味のある事だと、少なくとも長男の賢真は強く思った。


 それから暫くのうちに家族で葛城山に向かっていた。
妻明楽の目は可成り悪いようで、私は妻が今何を思い何に拘り、そしてそんな彼女が何故今日葛城山を目指したかったのか、ハンドルを持ちながら妻の心の底を考えていた。
 それはおそらく長男賢真が母親をおんぶして背中に当たる母の胸の温かさを思うのか、賢真がそれらしいことを言っていたことを思い出しながら、母親と子の心の内を客観的に想像していた。
 
 車は登山口の駐車場につき、
妻は「神様また来させて貰いました。感謝申し上げます。」と大きな声を出し力強く口にした。
 確か前にこの場所を離れる時に、彼女は二度と来れないかも知れないと、悲壮な思いで同じ意味のことを口にしていた。
 やはり誰よりも寧ろ彼女一人が気にしているのだろうなと、置かれた境遇のきつさに、常に拘っている心が可哀想であった。
 パーキンソン病は彼女の手足を時には硬直させ、時には手足の震えを起こし、不特定で変化を繰り返していた。脳の中で出来る神経伝達物質のドーパミンが不足して発症する病気であるらしい。
 

 私は主治医からどのように聞かされても、聞かされるだけでそれ以上はない。病気とはそのようなもので、夫として出来ることを精一杯してあげる事だけが愛情であり、役目であり常識でもあると思っている。
 だから今苦しんでいる妻を、みんなで守ってあげ、妻が望む思いを可能にしてあげる事だけが、家族に与えられた使命だろう。


 妻は前回来た時とは打って変わって重傷になっているようで、苦しむ姿も時々見せたが、それでも決して弱音を口にすることはなく、一生懸命気迫に満ちて登ろうとしたが、結局体が言うことを聞いてくれなかった。
 私たち男三人で母さんを代わる代わるでおんぶして、何とか山頂に着いたのは、前回より遥かに時間がかかっていて、それは殆どおんぶが主体であった。

 初夏のそよ風が、満開に咲くつつじの間から、我々に挨拶するように吹き抜けていく。
「母さん風感じるだろう?つつじの間から、爽やかな風が吹いてくるのを」
「あぁ感じるよ。気持ちいい風が・・・つつじ満開だね。母さんにも真っ赤に咲いているのはわかるよ。きれいだねぇ」
「きれいだよ母さん。高校の中庭にも咲いているけど、こんなに一杯咲いていないよ。ここはすごいよ!」
「そうだね。来てよかったね。」
「さぁ、ごはんにしよう!店屋物だけど美味しいぞ。母さんもしっかり食べて」
「ええ、頂きます。」


 奪い合うように子供たちはお握りや空揚げをかわるがわる口にしている。
妻も少女に戻ったように両足を組みお握りをほうばっている。
 三十分もしたころみんな食事を止め、子供たちはどこかへ散策に。私と妻は至福の時を過ごすようにゆったりと昔話。
「亮さん、みんなに申し訳ないと思うの。真我も私をおんぶして辛かったと思うわ。賢真に命令されて、だからもう二度と来たくないって言うのじゃないかな?」
「そんなことないよ。あいつはあいつで親孝行しているから、結構気持ちは良いものだと思うよ。兄ちゃんの言うこと素直に聞いていることもいいことだから。
だからあいつらは間違いなくきちんと成長しているよ。」
「そうね。それは私も思う。」

「《今度あの向かいの山に登りませんか?》 明楽と始めた逢ったとき、私そう言ってあの山を見たね。金剛山を」
「ええ、冬に登りませんかって・・・私は 『ええ登りましょう』って言ったら、
彼女、友達の横河香苗さん、私は嫌だわって駄々をこねて、あの娘は所詮山登りはあまり好きじゃなかったから、だからあれ以来二人で山に登ったこと等おそらく無かったと思うわ。
亮さんと登りだしたこともあって」
「そうなの。でもやはりあの時に運命の人と出会ったってことだね。」


「後悔してない?こんな私で?」
「していないよ。またそんな風に考える。二人が出会っていい思い出をいっぱい作って、それで今があるのじゃないか、そうだろう?明楽病気に負けるなよ!明楽はそんな性格じゃなかった筈だよ。
おとなしそうで実は男勝りな所があり、怖いくらいの決断力もあった筈。実家のお父さんやお母さんの猛烈な反対を押し切って、私の元へ来てくれた時のことを、今でもはっきり覚えているよ。
 あの潔さだけで私は十分ありがたいって言うか、明楽の愛を感じたよ。うれしかった。本当に嬉しくてうれしくて、今も全く同じだから・・・」
「いえ私こそ一杯助けてもらって、ありがとうね。」
「これからも力を合わせて子供たちのためにも頑張ろうよ。病気にも打ち勝って」
「ええ、そうね・・・」
 
 心が落ち着いている筈の妻が、それでも妻は手を震わせ足を引きつらせ辛そうであった。それが当たり前になり、見慣れた光景になり、
言わば妻はこれまでどれだけ辛い試練に向かってきたか、どれだけ逆らって心の落ち着かない日々があったか、どれだけ泣きたい気持ちを隠して笑顔で演技を繰り返してきたか、今彼女の症状を見つめていて、心が冷たい鉄の板で押し付けられるように私は感じてくる。辛い!辛くってたまらない!
 私も又、妻の為にも私の為にも子供たちの為にも、食いしばりながら生きているように思えた。
 

 子供たちがどこかから戻ってきて、少し早かったが帰路に就くことにした。
次男の真我も何一つ小言を言うこともなく母を背負って下り始め、
「真我、ありがとうな。母さんうれしくってうれしくって」
「泣かないでね。背中に涙を落されたら嫌だから。お気に入りのTシャツだから・・・お兄ちゃん、何か面白い話をして母さんを笑わせて、父さんは変わり者だから無理だから・・・」
「お父さん、変わり者らしいよ。真我には」
「売れない小説家だから好きなように言われるね。」
「もう辞めたんでしょう?小説書くの?」
「だから今は母さんがこんな状態だから仕方ないだろう。また母さんが落ち着いたら書こうと思っているよ。」

「父さん、僕ね先生に言われたんだけど、あなたの家族って素晴らしい家族ねって、母さんは病気が病気だから、ある意味有名だから・・・
 それに家庭訪問の時や授業参観の時に、先生と母さん話しするから、それで先生が言っていたよ。」
「どんなふうに?病気のこと?」
「いや違うよ。父さんが小説を書いているって言ったら、先生が言うには、
あなたたち家族のことを書けばいいと思うって言っていた。素晴らしい家族と思うからっても。それに父さんと母さんがこの山で出会った馴れ初めも、先生もこの山の事よく知っていて、その話も凄いって言った居たよ。」

「おい、そんなことまで言ったのか真我は?」
「先生ったら真我から聞いていながら、私には一言も言ってくれないから、なんだか恥ずかしいわ。でも先生そんなこと言っているの?」
「うん、いつの日か言っていたよ」
「家族をテーマにしてなぁ・・・推理小説では埒が明かないのか?」
「売れっこないって何万と小説家なんかいるのだから」
「賢真、そのように夢を潰すように言わないで、母さんは信じているのよ。
父さんがいつの日か日の目を見る日が来ることを」

「だって母さん読めるの?」
「上手く読めなかったなら真我に読んでもらうわ。だからお父さん真我が高校で習っていないような漢字は避けてね
出来るだけ優しい表現で、仮名ばかりでも賞を取る人もいるじゃない。私、父さんは才能あると思うの。」
「母さん、身内の証言は依怙贔屓になり無効ですよ。」
「みんなもういいから、父さんをからかうのは」
「亮さん、からかってなどいませんから・・・早速家族をテーマーにして書き始めてよ。」
「そうだな・・・」

「兄ちゃん、そろそろ代わってくれない。背中から汗が出てきたから」
「あぁいいよ。よく頑張りました。」
「母さん、私、我が家族をテーマーにして小説書いてみるよ。なんか書けそうに思えてきたよ。真我の先生はよく見てくれているように思うよ。
そんなありがたいことを言ってくれる、真我の担任の先生の為にも書いてみたくなったよ。
他人さんを感動さすようなものこそ我が家にあるかも知れないな。温かい血の通った小説が出来ると思うよ。
 こうしてここに来ていることでさえ凄いことかも知れないな。すれ違う人、みんな気にしながらおんぶされた母さんを見ているから。」
「どんな風に思われているかは判らないけど、もしかすると凄い家族愛かも知れないね。」
「さすが賢真はロマンチックなことを言うのね。彼女が出来たから言うことが違うね。そうね、私はとんでもない素晴らしい家族に守られているとつくづく思っているのよ。みんな本当にありがとうね。」

下り坂であったので実にゆっくりであったが、私たちは葛城山を下り続けていた。
「亮さん、私が言える立場じゃないけど、この子達に素晴らしいプレゼントをしてあげて
それはあなたが一冊の本を出すってことだと思うわ。この素晴らしい家族をあなたの手で書き上げてほしいわ。きっと感動してくれる方が居ると思うわ。

 真我の担任の絵際先生はもとより、もっともっと多くの人が感動してくれると思うから。賢真がこうして私をおんぶしてくれていることは、誰にも出来ないことかも知れないし、あなたも真我も賢真も何一つ小言を言わないで私を守ってくれていること、凄いことだと思うわ。
そうでしょう賢真?貴方だって彼女が出来たのにこんな親と付き合ってくれて、本当なら彼女とどこかへ行きたいだろうに」

「大丈夫だよ母さん。彼女も十分理解してくれているから気にしないで」
「父さん、母さんの為に感動するような小説書いてあげたら、僕が母さんに聞かせてあげるから。」
「そうか、真我も期待してくれているんだな。」
「そうだよ、みんな母さんの為にだよ。だから父さん頑張って」
「父さんもここらで男を上げないと・・・」
「わかった。わかったよ。」

 賢真からバトンタッチをした私は、妻を背負いながら、ほんの少し前からでも軽くなった気がしていた。
 以前妻が救急車で運ばれて行った時に、まるで一本の蝋燭に妻を例えてしまったことを思い出していた。 
 やがて遠くない時期に、妻は苦しみながらこの世を去る運命を背負っていることには間違いないと思うと、背中に伝わる彼女の温かみも皮肉に思えてきた。
 この温かみも背中を押す彼女の柔らかな乳房の感触も、過去のものになる日が来るのかと思うと辛くなってきて、背中を走る神経が硬く成ってくるような気がした。


 そして二人の子供たちも今日は何度も母を背負い、この感触を背中で感じ心で感じているのだろうと思えて来た。
 賢真が弟の真我に、また山へ行き母をおんぶさせてあげたいと強く言ったのは、母のこれからを案じ、居ても立っても居られない心境だったのかも知れない。弟にも母の温もりを心にしっかり記憶させたかったからだろう。



 夕刻になり家に帰った家族であったが、妻は心身ともに疲れたのかすぐに眠ってしまった。
 二人の子供たちは元気であったが、それでも母がすぐに倒れるようにして床に就いたことが不自然であったのか、理解に苦しんでいるようであった。
 それでも長男は、
「母さん余程疲れて居るんだね?」


そう言ったがそれ以上は何も言わずに、自分達の部屋へ身を隠すように腰を上げて、弟にサインを送った。
二人でゲームをするようで、それも久しぶりのようで、山から帰りにその話で盛り上がっていたので、私はせっせと夕ご飯の仕度をすることにした。


 何もなければ助け合い、仲の良い素晴らしい家族である筈が、妻明楽の背負わされた運命が、何もかもを緊張させ必死にもさせている。
 子供たちも母を思い案じ十分すぎるくらい気を使っている。そしてそれが当たり前で、義務であり責任であると思っている。
 むしろ私が妻に対して、どこか一部分で冷静で客観的に見つめているような所もあり、それは言い換えれば、冷たく合理的な心も持ち合わせていて、まるで悲劇のヒロインと暮らしているような物語を想像しているのかも知れない。


 それでも私も子供たちも、何一つ間違ったことなど無いと確信している事は確かで、この何年間の間に悔やまれるような言葉も態度も、決して誰に於いても無かったと思っている。
 それで万が一妻が急変して、とんでもない事態に成ったとしても、私たちの重ねて来た日々を、誰も責められはしないだろうと自負もある。


 翌日は妻も昨夜の疲れから早々と相当長らく寝ていた性で、朝早くから起きていたのか、まだ暗いにも拘わらずごそごそとしていたらしかった。
 子供たちは早々と母が作ったおにぎりで、食事を済ませ元気に出かけて行く。
 そして私も、妻の顔色や様態を確認してから仕事に出掛けた。
「絶対無理はしないように!」
強くそう言って、私はいつも仕事に出かけるようになった。
 そんな私に妻はこの朝、


「亮さん、昨日の続きだけど、必ず書いてね。あなたの生涯の夢を叶えてね。」
そう言ってほほを緩ませ私を見送ってくれた。
 車を走らせながら妻の久しぶりの明るい顔を思い出し、余韻に慕いながら、それと同時に妻がその言葉を発した事が相当プレッシャーに感じていて、家族の誰もが同じ方向に向かっていることが窮屈で息苦しくもあった。
 推理小説ばかり書いてきた私には、まるで畑違いに思える部分があって戸惑っているかも知れない。それと妻が結婚してから初めて私に、小説を書くことを催促したからかも知れない。そんなことは一度もなかった。
 

 私にとって小説って殺人とか怨念とか、殆どの人が持ち合わせている、どろどろとした感情や心の動き、更には秘めたるもの、この様なものが根源に成っているほど、実は単純なのであると思っていた。やるかやられるか隠すか見つけるかの世界だから。
 だから究極の殺人事件に発展して、誰でもがはっきり判る感情、つまり善と悪を書き表せばいいのである。



 ところが恋愛小説や家族愛などを表現するには、推理のような訳には行かず、もっとデリケートな文節の積み重ねのように私は捉えている。
 思えば妻に初めて声をかけた時も、たまたま妻の友達の、気さくな横河香苗さんが音頭を取ってくれたから、何とか話が纏まったように今でも思っている。
 所詮私は女性には疎く、決して積極的では無いようで、これは親譲りの性格だと思う。
 だからこんな私に妻と言う男勝りで度胸のある女性が近づいてきて、私たちは結ばれたわけで、それと妻の友達のおせっかいやきの、横河香苗さんが居たから成り立った話で、他力本願であったけどそれが現実である。



 私はおそらく恋とか愛とか語るには、資料も経験も持ち合わせていないようである。
 それでも私も今は家族をテーマにした《愛》の小説を書きたがっていることは確かで、すでに夕べからその構想を練ろうとしている。
妻の為に、更に子供達の為に、そして私自身の為に。
 
 
この日もいつものように仕事に励み、終日私なりに頑張って仕事を終わると同時に家路についた。いつもそのようにしている。
 まだ6時半でまだまだ日差しはきつく、暑さも十分で既に夏の日差しにも思う午後であった。
「ただいま」
私は何となくその様に元気に言ったが、返事が無いので妻の姿を捜すと、すぐに姿を見つけたが、様子がおかしい、ドアの空いた儘のトイレの前で倒れていることに気が付き、慌てて妻の背を軽く撫で、私の方に向かせ様とすると、口から泡のようなものを出して、蒼白で息さえしていないことがわかり、それが何を意味するのか咄嗟のことで、私は狼狽えるばかりであった。



「明楽!どうした明楽?おい!明楽!」
 私には妻が病気で、今出ている嘔吐や症状は、病気の性だと瞬時に判断したが、抱きかかえ妻をそっと寝かせ、私は震える手で救急の電話をしていた。
「すみません、私仕事から帰って来ると妻が倒れていて、もう駄目かも知れませんが、兎に角来てください。
息もしていない様で、朝から元気に言葉を交わして仕事に行ったのですが・・・信じられません。早く来てやって下さい。」

「わかりました。すぐに出動します。お所とお名前を?」
「はい、猪熊5の16の2 和佐俣亮と申します。」
「わかりました。今出動しますから表に出て待ってください。」
 私は息絶えて手遅れだと思いながらも、その妻に涙を落として、胸を抑え人口呼吸をするように、何度も何度も繰り返した。
「どうして?なぜ?何があった?電話出来なかったの?こんなになって・・・」私は決してどうにもならないことに苛立ちを覚えながら、妻の胸を押さえていた。

 サイレンが聞こえてきて慌てて表に出て、妻は乗せられ、私も同乗して病院へ向かっていた時、
「ご主人お判りでしょうが、既に亡くなられていて数時間が経っています。
このように死後硬直の特徴も出ていますから、私たちは迂闊なことは言えませんが、経験上同じような例を何度も見てきていますから。

 人工呼吸をされていたとおっしゃっていましたが、その時はまだ息があったのですか?」
「いえ、今の状態とまったく同じです。二十分ほど前のことですから・・・ただ朝から元気に私を見送ってくれたのにと思うと、悔しくて、堪らなくて、おそらく病気で・・・妻は大きな病気を二つも抱えていましたから」
「どのような病気で?」
「はい、目がほとんど見えない緑内障と言う病気と、パーキンソン病と言う厄介な脳の病気を」
「そうでしたか・・・でもこの口につている泡は、まるで毒物でも口に入れた様な症状ですが、病院で検診をして貰わないと判りませんが、それとも警察が入り監察扱いに成るかも知れませんね。」
 
 妻は息を引き取ってから数時間経っていると救急隊員が言ったが、おそらく同じ答えが病院でも出るだろうとその状態から私でもわかった。
 病院へ着いたが慌てることもなく、救急車が病院に向かう時にサイレンさえ鳴らしていなかったことに気が着いた私は、それだけでも悔しかった。
 

 妻は診察室へ運ばれ、暫くして事務員風の女性がやってきて、小さな声で「今警察がこちらへ向かっておりますから・・・」そう言って会釈をして事務所へ入って行った。
「何故警察?」と思ったが、私とて妻が泡状のものを嘔吐している姿に、疑義を感じていることも確かであった。
それと言うのも救急隊員が妻を搬送中に「毒物」と言いかけたことでも頷けた。
 しばらくして担当医がおもむろにそばへ来て、


「既に亡くなられて可成り経っています。病気かとまず考えましたが、はっきり言って解剖されるほど原因がわかる様に思われます。どうも劇薬を飲まれたようにも症状からうかがえます。一応警察に報告させて貰いましたからその事をお伝えしておきます。」
「わかりました。」
 それから暫くして警察が来て色々と聞かれることとなった。
妻を残して自宅へ帰ったのは既に深夜になっていて、子供たちにどのように説明すればよいのか、頭の中がパニクッていた私は、彼らを見るなり大粒の涙が迸るように出て、彼らを見つめるだけで何も口に出来ないでいた。
「それで父さん母さんはなぜ死ななければならなかったの?」
弟の真我が早口でそのように口にし、
「父さん一体何があったのか聞かせて?」と兄の賢真も険しい顔で口にした。
「電話では母さんが急死したって言っていたけど、どうして?今朝もあんなに元気だったのに?どうして?」


「今日の弁当も母さん作ってくれただろう。そんな母さんがなぜ死ななければならないの?」
「・・・なぁ二人に言っておかなければならないな。
母さんは・・・まだはっきりしないけど、どうも劇薬を飲んだとお医者さんが言うんだ・・・『何故そんなことを?』って父さんは思ったけど、でも母さんは父さんたちが思う以上に病気で苦しんでいたかも知れないな?
 昨日母さんをお前たちがおんぶして葛城山に登ったな。でもあれで薬を飲む気になったのかも知れないな?相当家族に気を使っていた様に思う。それで耐えられなかったのかも知れないな。」
「じゃぁ母さんは自分で劇薬を飲んだのは間違いないんだね?」
「いや、胃の内容物とかを調べてからだと思う。その内はっきりすると思うけど」
「・・・」
「・・・」


「二人とも、母さんが病気に成ってから、必死に頑張ってくれていたのに残念だなぁ。もし母さんが自ら命を絶ったのなら、本当に残念だと思うよ。
 ただ母さんこの何年間は、辛い思いをする日が殆どだったから、それに決して治らないし、毎日悪くなって行く病魔と闘っていたから、疲れたかも知れないなぁ。



 だから万が一、母さん自ら命を絶ったとしても、決しておまえたち、二人とも母さんを攻めないでくれよ。母さんは母さんなりに考え、家族にとって一番いい方法を選んだと思うよ。
お前たちの事を、嫌と言うほど案じながら死んだと思うよ。
 病気など掛かってなくて健康だったなら、絶対死んだりなんかしないから。」
「わかったよ、世間の人はどう言うかはわからないけど」
「そうだよ。残された私らが、これからきちんと生きて行かないといけないよ。それが母さんが一番望むことだと思うよ。真我もわかるな?」


「わかるよ。先生も母さんと仲良かったから泣いてくれると思うよ。」
「真我は先生に優しくして貰っているんだな。」
「そう、いつもなんだかんだと聞かれるよ。」
「心配してくれているんだよ。お前のことや母さんのことを」
「父さん!こんなことしていないで、早く母さんの所へ行こうよ!」
「ああ、そうしよう」
長男の目から涙が溢れ出ていて可哀想過ぎた。



 結局妻は服毒自殺と言うことで収まった。
その結果に対して誰も何も言うことなどなく、僅か四十半ばで命を絶たざるを得なかった妻に対して、誰もが哀悼の意を口にするだけであった。

 妻が居なくなった我が家は、味気のない空気が漂っていたが、時たま長男が彼女を連れてきて、我が家は今までに無い色が付き始めたように私には思えていた。
 妻が居たならさぞ一生懸命おもてなしをして頑張って居ただろうと思うと、妻のパッチリしていた目で優しく見つめられた、過ぎし日の姿を思い出さずにはいられなかった。

 あの時葛城山の頂上で、妻たちと一緒に食事をして・・・
「もうお別れですか?」
「はい、あなた方とずっと過ごしたいけど、でも余りにも図々しいとも思いますから、この辺で失礼します。楽しかったです。」
「私たちに然程興味が無かったと言う事でしょうか?」
「いえいえそうではありません。これが運命の出会いであっても、こんなに簡単に出会えるとは思いませんから。」


「運命の出会いであっても?」
「ええ」
「では貴方が言われる事が合っているかも知れないから、この儘お付き合い頂く事は出来ないでしょうか?」
「えっ?」
「明楽ったら、唐突にそんな事言って?」
「いえ、和佐俣さんが今言ったでしょう。運命の出会いかも知れないって?ですからその様に思うのなら、この儘お付き合い下さって、
はたして運命の出会いなのか、そうでは無いのか、お互い知る必要があるとは思いませんか?」
「明楽それって・・・和佐俣さんが大げさに言った社交辞令って事解らないの?」
「そうでしょうか?」

 妻明楽はそう言いながらうっすら笑顔を浮かべて私を優しい目で睨んだ。
 私は妻と初めて会ったあの日のことを思い出しながら、自然と浮かんでくる涙を拭き続けていた。
あの目をキラキラと光らせた妻はもう居ない。息子の女友達が来て、いささかは花が咲いたようになっていることもあるが、妻ではない。
愛する人でもない。寂しさも虚しさも、私にはどうすることも出来ない。
悔しくて悔しくて・・・


 ただ彼女が言っていたように、私は机の前に座って、小説を書こうとしていることは間違いないが、それでも一向に気が乗って来ないことも確かで、未だ妻の温かみを感じている私には、家族愛の小説など、リアル過ぎて無理だと思う心の抵抗もあった。

 それから一か月ほど過ぎたとき、妻が生前に小物などをいつも入れていた、机の引き出しの中を丹念に調べていた時の事、
 何故なら妻の携帯電話を解約しなければならなくなって、それは余計な電話料金がかかって着たからで、慌てて契約書や電話機を捜していた時の事、妻は大事に電話機を引き出しに直していて、まさかそこに生前自ら映した録画があるとは思いもしなかった。

 あの最期の日、妻は電話機の前で録画をしていた。


 《亮さん、それに賢真 真我 最期です。聞いて下さい。
母さんはいつの日にからか死ぬことを考えていました。そして覚悟を決めたのは、あの葛城山へ連れて行って貰った時からです。
 真我におんぶして貰って、賢真におんぶして貰って、勿論お父さんにもおんぶして貰って、どれだけ幸せだったかはかり知れません。
 この人たちをこれ以上辛い思いをさせて良いだろうか?この私と言う存在が、みんなを振り回すようにして良いのだろうか?

 誰においても常識のある人は、常識の中で生きようとするのです。それはまさにあなたたちで、どれだけ辛くともどれだけ窮屈であろうと、決してそこから逃れることはしないのです。
 そんな家族に私は見守られ、そしてあなた方の犠牲のもとで生き続けていたのです。

 亮さんは私の存在の為に、何よりもしたい亮さんのたった一つの夢である小説を書くことを棚に上げ、賢真も敢えて辛い道を選び働きづめで、真我も同じ道を素直に守り、誰もが私を支えるが為に頑張ってくれていることを、この心で見つめて来ました。
 しかしながら私の病気は決して良くなって行くことなく、日を重ねるごとに重く圧し掛かってくることを判っていて、それは私が今こうして命を自ら絶つ一番の理由は、兎にも角にも辛いからです。


 生き続けることにどれだけ意味があるかは判りませんが、生きて行くことと同じように、苦しみに耐えなければならない重圧が、常に私に覆いかぶさっていて息苦しい毎日なのです。
 三人が今から一時間目を瞑って、それで私の気持ちになってください。
おそらく一時間でも大変だと思いますが、それが将来続くとしたらと考えてみてください。
 勿論それだけではありません。若い時に等ほとんどの人が掛からないパーキンソン病に、私は何故か掛かっているのです。
三十代の後半から

 どうして神様は私だけを虐めるのか、そんな風に思った日もあり、私は亮さんが最近言っているように、性格さえ変わってしまったようです。泣き言を言う嫌な女になったのかも知れません。

 いつの日からか毎日のように考え、自ら死んで行くことが果たしてどうなのか、仕方ないことなのか、それともいけないことなのか、追い詰めるように私自身に問い続けました。
 結果私は死を選ぶことに決めました。最近外国では私のような不幸な方が、自ら命の管を外していることも知りました。
 生きていると言うことの重みより、生き続ける辛さの重みが、その上に圧し掛かっている以上、私は耐えるべきではないと思えたのです。

 だから誰もが私の死を尊厳してください。潔く逝ったと心の中に収め認めてください。
そしてそっと過去の出来事と水に流すように私を捉えてください。

 亮さん ありがとう あなたと出会えて良かったです。素晴らしい家族が出来たことに感謝申し上げます。
 そして出来れば、いや必ずや成し遂げてください。それは我が家をモデルに本を書いてください。家族愛に満ち溢れた物語を、
 でも私はあなたの本が出来なくっても、あなたがこれまでに書いてきた全ての原稿の愛読者ですから。

確かに入選したことはなかったです。
 でもあなたが私に見せてくれた多くの優しさは、どんな賞を貰うより、あなたが私だけに書いて下さった素晴らしい小説なのです。、何にも劣らない物語なのです。私にとってそれはベストセラーなのです。
貴方は私にとって間違いなく「運命の人」なのです。

 お世話になりました。ありがとう亮さん。
 


 そして賢真、
貴方の母さんでよかった。先ずその事を誇りに思います。あなたの背中でおんぶされながら、母さんはどれだけあなたが頼もしかったか、うれしくて、うれしくて心の中で泣き続けていたんですよ。立派に育ってくれていることに感謝しているのよ。
 母さんは居なくなるけど、でもあなたには亜美ちゃんがいるから大丈夫ね?しっかり守ってあげるのよ。父さんが私を過ぎるくらい守ってくれたように。
それと、これから・・・これからもお父さんを頼んでおくわ。ありがとう。



 真我、あなたに悲しい思いをさせなければならないことは、どれだけ辛いか計り知れないけど、でも母さんそれでも辛いの、毎日が堪らないの・・・
だからあなたはまだ若いし子供だから、いろいろ母さんに文句言いたいと思うけど、でもわかってね、苦しんで苦しんで、あなたたちを困らせることはそれは余計につらいの。
 あなたに葛城山でおんぶされながら・・・
汗びっしょりになって、私をおんぶしているあなたの背中から、あなたのぬくもりが伝わってきて、母さんうれしかった。
 兄ちゃんの言うことを素直に聞き、逞しくなって立派になって、母さん本当にうれしかった。
 だからあなたに申し訳なかったけど、おんぶされながら心が決まったの。これ以上生き続けることは良くないなと。


 あなたの担任の絵際先生とも何度も話したけど、貴方はクラスでもみんなに好かれる中心人物だって聞いているわ。
 あなたの優しさに感謝します。真我、貴方もいい若者になったね。母さんの自慢だわ。
 ありがとう。
それから父さんをお願いね。



 もう時間だわ。録画が止まると思うの。
父さんにも賢真にも真我にも、最期に言っておくわ。聞いてね
母さんは誰よりも長生きしたいの。あなたたち二人が結婚して赤ちゃんができ、人並みに孫を連れて・・・そんな日を夢見ているの。
 でも許されないようなの。苦しくて辛くて我慢できなくて、迷惑かけて
情けないけど現実から逃れたいの  ごめんね。
ごめんなさいね。みんなありがとう。いい人生でした。感謝します。》

  携帯に残された何もかもであった。
私は泣くことも忘れ、妻が多くのことを心に思いながら死んで逝った、その哀れな人生に哀悼の意を心でつぶやいていた。


 人は生きる事より死ぬことを選ばなければならない瞬間は、どれだけ辛いものであるのかなどわかることはない。
 しかし妻は断腸の思いで劇薬を飲み込み死を選んだ。彼女は男勝りの根性をしていたので、そのことが後押しして思い切ったことをしたのかも知れないが・・・


 妻が言うように目を瞑り、そのまま真っ暗な空間を感じながら時に耐えていると、限りなく不安な思いが漂ってきて、慌てるように目を開けている。
妻はそれが出来なかった。不安であってもどんな条件に曝されても逃げられない。目を開けてその場から離れることなどできない。
 二人の子供も今何かを口にすれば、『それでも生きていてほしかった』と言いたい気持ちで一杯だろうが、それが解っているだけに誰も何も言わない。
 無口のままで子供たちは涙を肘で拭いている。私は子供たちのそばへ行き、彼らを抱きよせて慰めることなどする歳でもなかったので、大人の対応でごまかしている。
 どの様な形で子供たちの心に残るのかなどわからなかったが、ただ妻はこれからも残された我々三人の心に輝き続けることは間違いないと思えた。
 



 四十九日の間に私は妻に言われたように小説を書き始めていた。それは必然としてのことであった。
 我が家の壮大な家族愛をテーマに書くつもりであった。骨子はおおよそわかっていた。
 それは妻に対する愛であり、私の生涯の夢でもあった。
四十九日も過ぎ、この間に妻を偲んで我が家に来てくださった方も数多く数え、その中に真我の高校の担任である絵際沙紀先生も居た。


 先生とは私は二度目であったので親しく話をさせて貰うことが出来た。
真我はこの先生のことを特別な言い方をしていて、先生も又我が家族のことに特別関心があるような言い方をしているようで、私は妻から色々聞かされていたので、絵際先生は只の担任だけではないように思っていた。


 先生が再度我が家に来られたのは真我の将来の話をする事を兼ねてであったが、そのとき先生は事細かに我が家族のことを聞いていた。
 それは間違いなく真我が先生の心の中で特別な教え子になっているように思えた。
《先生ね、僕の家の事よく聞くよ。お父さんがどうとかお母さんがどうとか、葛城山へ行ってどうだったとか。お兄ちゃんはどんなお兄ちゃんとか》
 弟の真我はいつの日か絵際先生の事をそのように言っていた事があったからである。まるで二人の関係は余程馬が合うのか親戚のような、もっと言えば家族のような関係に思えたことであった。


 そしてこの二人の関係が後に私の生き方にも大いに影響する事となる。
妻が居なくなって我が家は殺風景になったことは間違いなかったが、時折賢真の彼女がやってきて簡単なみそ汁などを作ってくれるようで、それを頂くことも何度か数え、心が休まる思いであった。
 長男の賢真は既に母親の存在は日ごとに消えて行っているようで、心は彼女によって癒され、母の姿は次第におぼろになって行くようであった。
 彼女の名前は木乃下亜美と言う名で長男の彼女らしく心の優しい子で、私にさえかわいい笑顔で愛想を振る舞ってくれるのが、実に心休まる瞬間でもあった。
 


 妻が居なくなってから一年弱が過ぎ、我が家は世間並みに様変わりしていた。
 弟の真我は高校を卒業して大学へ、それは私にしては何とも言えなかったが、妻の死によって入ってきた保険金が功を奏して、思いもしなかった大学に進むことが出来た。
 そして兄賢真も又そのお金を利用して木乃下亜美さんと結婚する事となり、近くのコーポで生活が始まった。


 弟は家を出て寮生活、そして長男は別所帯
ぽっかりとした住み慣れた家で私は妻の位牌と二人暮らしになった。
「母さんみんな出て行ったよ。母さんの保険金使わせて貰ったよ。構わないだろう? 二人とも母さんに気を使って感謝していたから、母さんが娘時代から掛け続けてきた保険だから、有り難く役に立たせて貰ったから
残った分は私の葬式代にして貰うから。
 仏さんの前に座り位牌を見ながら私は独り言を口にしていた。



 みんなが出て行き静まり帰った部屋で手持ち無沙汰の毎日が続いていたが、それは小説を書くにあたってどれだけ素晴らしい環境であるかなど酸いほど知っていたが、家族愛がテーマであることにいつになっても抵抗を感じている私が居て、心のどこかでやはり推理小説でないと…などと往生際が悪いのである。



 とうとう更に丸一年が過ぎ、長男夫婦に孫もでき、私は妻が言い残した約束を未だ果たせず気にしながら悶々としていたある日、
テレビから流れてくるアナウンサーの言葉が私の人生を変えるものであるとは思いもしなかった。
 それは毎年のように発表される有名出版社の権威ある賞で、その中のドキュメント大賞に、弟の高校時代の担任であった絵際沙紀先生の作品が選ばれたからであった。
 何本ものマイクに囲まれて絵際先生が挨拶をしてから、本の中身について軽く述べ始めた。


「私は高校の教師です。実は学生のころから小説を書いたりすることが好きで、何度か小説らしきを書いてきた過去があります。
ところが五年あまり前に受け持ったクラスの生徒の一人のお宅が、とても素晴らしい家庭環境であり、虜になるように私の心に突き刺さるようになって、その家族のことを忘れられなくて書かせていただきました。



 どこの誰かなど申せませんが、とても家族愛が、決して真似など出来ない位のすごい家族愛なのです。
 ですから私はその家族の何もかもを知りたくなり、担任と言う立場だけではなく、一人の人間として見つめ続けさせて貰いました。
 たった一人の生徒の心が、私の心を動かせてくれたのだと思います。
この様にして立派な本にして頂き、私が今思うことは、この本を彼に一刻でも早く見て貰いたいと言うことです。
 ありがとうございました。これまでも月刊誌で多くの方に読んで頂いているようで、またこの様に立派な賞も頂き、こうして立派な単行本にも成り、更に多くの方に感動を与えられればいいのにと思います。


 絵際先生はそう言ってマイクを机の上に置いた。
私は彼女が言った家族とはと考えたとき、それはまさしく我が家ではないかと思いはしたが、あの先生は生徒思いでクラスの誰とも話していることも考えられ、それより絵際先生の作品が大賞に成ったことに関心があった。

 毎年今の時期に発表される賞だけに以前から私も関心を寄せていて、まさか身近な絵際先生がと思うと驚きであり悔しくもあった。
 それから暫くして弟の真我から電話がかかり、先生に本をプレゼントされたことや、題材になった家族が我が家であることも聞かされ、嬉しいような悔しいような複雑な気持ちで捉えていた。


 私はこの賞の主催会社の月刊誌は滅多と読むことはなく、それでも大手だから有名で、もし我が家のプライバシーに触れるようなことがあっては、妻が傷つくことにならないかと気を回してみたが、真我が言うには「うちのことを素晴らしい家族だって称賛するような内容だよ。」と言って嬉しそうであった。
 だから私はその本のことは全く知らないが、素晴らしい内容なのだと信じ、絵際先生にお礼の言葉をかけたくなっていた。
 絵際先生と真我の睦まじい関係が功を奏したのか、素晴らしい本が出来、大賞と言う最高の名誉をいただき、妻の判断も含めて我が家の歩んできた道に間違いが無かったことに結び付けていた。
 先生の本がいずれ本屋さんで並べられたなら、息子のためにも私は真っ先に買う積りでいた。


 ところがそれから半月ほど過ぎたとき、スーツ姿の男女が我が屋を訪ねてきて、唐突に、
「私どもは、この度絵際沙紀先生の単行本を担当させて貰いました、株式会社樹楽社の屋富次郎太と稲村カエと申します。
 実は絵際先生からお父様のことをお聞きしていて、それが一部始終かどうかはわかりませんが、兎に角回りくどいことを考えているより、直接お伺いするほど手っ取り早いと正直考えまして、それで思い切って来させて頂きました。


 絵際先生が担任のクラスの生徒の中にご次男様が居られ、それでいろいろ話している内に、この本が出来たように先生からお聞きしています。もうお読み下さいましたか?」
「いえ、私どもがモデルになっていることを息子から聞いていますから、そのうち本を買って読ませて頂こうとは思っていますが、今のところ読んでいません。
 それに子供が言うには、決して我が家族を誹謗中傷するような内容ではないことも聞いていますから、ある意味安心しているのです。どれだけ濃い内容であっても、当事者には敵わないだろうと言う自負もあります。」
「なるほど・・・それでお父さんは聞かせて貰っている所によりますと、ご自分でも小説を書かれているとか?」
「ええ、妙な話ですね。小説家の私がモデルになっているとは?」
「でもその小説もいろいろご苦労があり中々書けなかった様ですね。」
「ええ、仕方ないです。」
「実は私どもは正直に申しますと、奥様のこともお聞きしています。大変辛い思いをされたことも。でも絵際先生はそのことに触れていません。触れたくなかったようです。
それって先生がおっしゃるには、誰もが辛いような内容にしたくないからのようです。当事者は勿論、それを読んで下さる読者の方にも

 そして出来る事なら一切触れずに家族の在り方を違う形で表しかったようです。
 勿論全文中で誹謗中傷など一切御座いません。家族の方が嫌な思いをされるような文面は一切無いと思っております。」
「ええ、それはあの先生が子供に対する態度で分かります。妻はややこしい病気にかかり苦しんでいました。でもあの先生はそんな私たち一家に手を差し伸べてくださったと思います。」
「それでですが・・・先生ともご相談させて貰っているのですが、ご子息も望んでおられることも知り、私どもから一つの提案をさせて頂こうと思い、本日お邪魔させて貰った次第です。 
 実は絵際先生の本の横でお父様の本を並べられてはと思ったわけです。つまりお父様から見たご自分の家族のことを書いて頂けないかと思うわけです。

 それはご子息からお聞きしたのですが、奥様の携帯に自撮りした遺言のようなものもあったようですね。あなた方の家族について家族愛の小説を書くようにと」
「そこまでご存知ですか・・・いやぁ参りました。実はそのことで随分悩んでいて、私今まで松本清張の本ばかり読んでいて、つまり推理小説ばかり書いているわけです。
 ですから妻に言い残されてはいますが、家族愛を活字にするのはどうも苦手で、ニ年も過ぎたのですが未だ手つかずで・・・」


「でも奥様の遺言なら是非頑張って頂いて、この際挑戦してみませんか?内容次第では私どもが力に成らせていただきます。」
「内容次第でですね・・・実はこの歳まで小説を書いているのですが、いまだ具体的に本に成っていないので、自称小説家ってところですね。」
「そうでしたか。でもこの事がきっしょになって大躍進されるかも知れませんよ。絵際先生がその最たる例で、ご主人、本ってどれだけうまく書き表す人より、どれだけ経験を積み、どれだけ心が籠っているかだと私たち発行元は考えます。それは多くの読者に感動を与えられる結果になるからです。

 
そして売れる本はそれなりの根拠があると思われます。ご主人にはそれなりの根拠が潜んでいると私たちは読んでおり、こうして唐突でありますが強引に来させて頂いたわけです。
 一つご検討ください。それで絵際先生の本をまだお読みでないようですので一冊置かせて貰います。
 多くの読者がこの本を読み感じるものがあり、涙する方が居て感動する方が居り、だからテレビで放映されてから破竹の勢いで、絵際先生のこの本が売れています。どうか前向きにご検討ください。」
「わかりました。まずこの本を読ませて頂いて、それからあなた方が言われるように、逃げていないで妻に誓ったように書かせて頂きます。
こんなチャンスをお与え頂きまして深く感謝申し上げます。」


 樹楽舎の二人は帰ったので早速絵際先生の書いた真新しい本を開いてみることにした。真新らしい表紙にそわそわとして、妙に緊張させられながら、インクの匂いのするそれを覗き込むようにそっと開いたが、
「待てよ~これは仏様に先ず報告だな」 そのようにはっと思いつき、仏様の前に座り、
「明楽お前さんの生き様が本になったようだよ。」
そう囁くように口にしてカーンと鐘を鳴らした。
 目を瞑って手を合わせていると、ふと何故かこの本の中身など、知る必要など無いのではないかと思ってきて、結局それから何日も過ぎたが、私はその本を読むことなく、仏さまに供えた儘で机に向かっていた。

 樹楽舎の二人に唆(そそのか)されるように嗾(けしか)けられたが、実はそのことが起爆剤になり、興奮して受け入れ、気を入れて執筆活動に精を出し始めていた。
 我が小説が絵際先生のような形になって、世に出るかも知れないと思うだけで、心が踊り手に力が入り、恥ずかしながら馬のように入れ込んでいた。
大きなチャンスが来たと思った。
 
 妻のことを絵際先生がどのような書き方で表しているのか、それは読まなければわからなかったが、息子の真我が言うには、決して妻が傷つくような内容ではないと断言していたから、また同じことを樹楽舎の二人も言っていたから、逆に私が書くとするなら、何もかもをありの儘に触れる方が良いのではないかと思えていた。


 それは私が奈良の片田舎から、十代で大阪へ引っ越しして来てから、小説家を目指して青春を過ごした時からの出来事を書き表し、それから妻と出会って結婚し、二人の子供ができ、やがて妻が目の病気にかかり、さらに頭の病気にかかり、病魔と日夜戦いながら、やがて耐えられなくなって妻は自ら命を絶った。
 このあまりにも残酷な出来事を、家族と言う仲間が助け合い、思いやり、なんとか乗り切ってきた現実と、それでも耐えられなかった妻の決断。
生き続ける意味より、死を選ぶ意味の方が深かった妻の、心の内をあからさまにすることが、本を書く意味になるだろうと私には思えた。
 そして妻が最期に自撮りで残して逝った生きざまと死にざまも、活字にするべきであり、話のクライマックスにしたかった。



 それで結局私は仏様の前に置いていた本を、やはり開くほど良いのではないかと思えてきて、それから二日かけて一字一字を噛みしめるように、絵際先生の本を読んでいた。
 ところが読み続けていると涙が湧いてきて堪らなくなってくる。
これが我が家で起こっていることだと思うと、見る見るうちに涙で本にシミが出来る。
 ここに書かれた内容が他人様の事であって貰いたいと願っている私が居て、本の中には妻の自殺も病気の事も具体的には触れられていないが、それでも結果的に書かれた内容の裏で、目の見えなくなった妻、それと体がばらばらに成ってしまった妻と、自殺を選んだ妻が居る事は事実で、何もかもをわかっている私には、辛すぎて、辛すぎて、本を読んだことを後悔していた。


 「無理だな・・・」
そんな思いに成っていて執筆活動も一時停止していた時、樹楽舎の稲村カエさんから電話がかかり、
「進み具合はいかがなものでしょうか?私どもが希望しています頃に何とか成るでしょうか?正直申しまして出来るだけ早い程良いと思います。
 今がその真っ最中なのですから。お判りだと思われますが、チャンスは今だけだと思われます。生意気申しすが「鉄は熱い内に打て…」まさにそれは今だと考えます。」
 その最後の一言が馬に打つ鞭のようで、私は気持ちを入れ替えて、四の五の言わず書かせて頂くことにした。
 
 それから三か月、私は生きてきた洗いざらいを書き綴って、いよいよ最後の章にかかった時には、溢れる程の涙で覆われながら鉛筆を動かせていた。正に妻が生死を問い詰めたクライマックスシーンに取り掛かっていた。 



 これまで推理小説ばかり書いてきた私には、考えられないような重厚な心になり書き続けている。
 あまりにも若くして生涯を終えた妻の在りし日の姿が、そして笑顔が、更にはもっと強烈だったのは、澄み切った目で私を睨むように見つめたあの優しい目が、
 そして見え無く成って行く同じ目が、私の心の中で蠢き嘆き、辛くて悔しくて耐えられない様に、もがき苦しんだ仕草や何もかもが、あのトイレの前で息絶えていた姿が、走馬灯に浮かび上がった仏様の様になって見え隠れする。


 苦しんで、苦しみ抜いて私は一冊のドキメンタリー小説を書き終えた。
「母さん、ついに今書き終わったよ。頭の中でどれだけ蠢いていた何もかもが、どこかへ出て行くように頭から消えて行ったよ。
 母さんの死を無駄にしたくはないから、私はこの度は一生懸命書き綴ったよ。
 生きている時はこれ程までに母さんのことを考えたかと言えば、もしかしてそうでもなかったかも知れない。でもこの三か月の間は母さんが私に圧し掛かっているように思えた毎日だったな。重かったよ。
 母さん、今さら言っても君は笑うかも知れないけど、私は母さんをどれだけ愛していたのか、今ならはっきり言えるよ。


 でももう居ないんだね・・・この三か月間の間に母さんは、私にどれだけ話しかけてくれたか・・・
いつものように玄関から元気よく「ただいま」ってパートから帰ってくるように思えたか。
 パート先の店から惣菜を買い込んで、重そうに、いつもそうだったね。
そんな光景が当たり前と思って、胡坐を組んでいるような生き方をしていた私、埒が明かない私の生き方にも、何一つ文句など言わずいつも明るく私を支えてくれた母さん。


 母さん、明楽、この本にはね、私の魂が宿っているかも知れないと今なら思うよ。こんな思いで書き綴ったこと、今まで一度も無かったから、
あ~ぁ かあさんに読んで貰いたいなぁ。
 明楽、もしかすると今回はね、本屋さんに並ぶかも知れないと思っているんだ。大きなチャンスが来たかも知れないと思っている。

 今回はね、出版社が道を開いてくれそうだから。何しろ彼らに依頼されたのだから・・・
樹楽社からだよ。あの大きな・・・樹楽社だよ
 何もかもが上手く行き、絵際先生の本と同じように本屋さんで並べられたら、私はもう何もいらない。かあさんの所へ逝ってもいいから・・・
 絶筆になってもいいから・・・
嬉しくて、うれしくて、嬉しくて泣けてきて・・・
 
 
 そんな風に私はこれ以上満たされることなどあり得ないと確信して、書きあがったばかりのその原稿を抱きしめていた。
「我が人生に感謝、鉛筆があり、白い紙があり、その中に埋め尽くされた私の心に操られた文字たち・・・私はどれだけ幸せな人生を歩んでいるか・・・どれだけ夢に満ち溢れた人生であるのか・・・」
 いつの間にか涙が沸くように出てきて、満たされた心に酔っていた。

 そして待ってましたとばかり、冷蔵庫からワインとチーズとグラスを取り出してきて、チーズをつまみ、ヘッドホンを付け、大好きなホイットニーヒューストンのオールウェイズラブユーを聴き始めた。
 まさに今の私にとって至福の時であり、画竜点睛の瞬間である。
 
 「明楽、約束を守ったよ。今日は一番悲しい日で一番うれしい日になったよ。凄い原稿ができたよ。」
 ホイットニーの歌を聞きながら妻が残した携帯の自撮りを目に浮かべて、
グラスを片手に「乾杯!」とその手を突き挙げ立ち上がった。
 
 

それから私はその瞬間に頭が金づちで叩かれた様になり、その場にしゃがんで朦朧とする中で、痺れてゆく頭にうろたえながらも、両手で頭を押さえて、次第に意識が遠ざかるのを感じながら目を瞑った。
 

(ホイットニーの歌が流れ第一部の幕を閉じる。)

 


















「お疲れさま 皆さんご苦労さまでした。
緊張の連続でしたでしょうが、良い作品になる事間違いないでしょう。

 特に和佐俣凌役の石倉さん大役だったでしょうが見事こなしていただき感服です。
 明楽さん役の下村さんも自撮りシーンはとても迫力があり、間違いなくどなたも、目を潤ませながら聞いて頂けるでしょう。



 それに賢真さん役の峠谷さん、心のこもった素晴らしい台詞回しでした。感服です。
真我さん役の十和田さんも、また外の方々も長時間に渡りご苦労様でした。
 子役時代のお二人もよく頑張ってくれたね。

 この作品を目の不自由な方にも知って貰える日が来たことを誇りに思います。
 また活字に抵抗があると言われる方でも、ほんの少しだけ耳を傾けて頂ければ、いつの間にか聴き入っていて感動して頂ける事間違いないでしょう。
 恋人同士でも、ドライブ中でもお聞き頂けるでしょうし、家族でお聞きして頂いても大いに意味があると私には思えます。



 それでは少し休憩をはさんで、後半の第二部に気の抜けない内に取り掛かって頂きます。
 後半は絵際先生役の田所さん、気合を入れてお願いします。
それに真我さん役の十和田さん 後半はあなたが主役だから頑張ってください。
 それに解説の今池さん、とても重要なナレーションを入れていただかないといけませんね。頑張ってください。」



 
 第二部スタート。

「ごめんください。和佐俣さんですね?」
「はい」
「こちらさんは 猪熊5の16の2 の和佐俣亮さんのご家族の方ですね?」
「はい。和佐俣亮は主人の父です。」
「そうですね。私お父さん宅へ入れさせて貰っている新聞屋ですが、お聞きしたいことがありまして、それで以前からこちらのことをお聞きしていましたから、とりあえず来させて頂きました。


 実はお父さん宅に新聞入れさせて頂いておりますが、集金が出来なく成っていて、どうもどこかへ旅行でもされているのかと思いまして、何しろ新聞も何日も溜まっている状態で、このまま入れ続けさせて貰って良いのか、何かお聞きではないでしょうか?」
「そうでしたか、でも何も聞いていませんが・・・わかりました。主人が帰り次第実家へ行って貰います。何かわかると思います。」


「そうですか・・・」
「あぁ新聞代ですね?立て替えてお支払いさせていただきます。」
「はぁ申し訳ありません。」
「いえ、かまいませんのよ。父は一人暮らしだから、どこかへ旅行にでも行っているかも知れませんから」
「そうですか?申し訳ありません。これ領収書です。お父さんにお見せ頂いて、立て替えた分貰ってください。ありがとうございました。」




 突然やってきた新聞屋は思いがけないことを言ってきて、その日の夜
仕事から帰ってきた賢真は、幼子と妻と連れ立って実家へ向かった。
「父さん、何があったのかな?どこかへ旅行でもするなら新聞止めておかないといけないのに・・・」
独り言を言うように賢真はハンドルを持ちながら小言を言って、それでもまさかまさかと言う事が起こっているとは考えもしなかった。



「もしお父さん新聞代立て替えたの返して貰えたなら、それでみんなで何かおいしいものでも食べない?今日はまだ夕食の準備していないから丁度いいわ。賢真さんそれでいいでしょう?」
「いいよ、たまには。それに父さんが倍返ししてくれるかも知れないから」
「本当に?」
「長らく行っていないから、それに夢華の顔見たら一頃だと思うよ。」
「じゃぁお父さんのおごりでみんなでご馳走ね。」
「高い新聞代になるな・・・父さん気の毒に・・・ハッハッハ」

 
実家へ着いた三人はポストに溜まった分厚い新聞を見つけるなり、異様な気がしてきて、冗談交じりでここまで来たことが不謹慎に思えてきた。
「父さん、何かあったのかも知れないな?」
賢真の言葉に妻亜美も険しい顔に変わり、幼子を抱きかかえながら、溜まった新聞を取り出して玄関の鍵を開けた。



「父さん、いないの?」
そう言って勝手知ったる我が家であったが、賢真は恐れるようにして上に上がった。
 そしてすぐさま賢真は親父がいつも陣取っていた隅っこの書斎の側で横たわる父の姿を見つけた。
「父さん、父さん!」
 既に亡くなっていて臭いさえするように思えた賢真は、妻と子を睨む様に目をやり、
「こっちへ来ないで」強くそう言って、「救急車に電話して」と甲高い声で更にそう言った。
「お父さん、どうなの?」
「亜美、親父は死んで何日も経っているよ。見ないほどいいよ。それより早く電話を」
「ええ、わかったわ。」



 何かを感じてか夢華が泣き出し、賢真は妻から子供を取り上げたが、
居ても立っても居られないように掛けかけの妻の電話を代わり、
「あぁすみません、実家に帰りますと、一人暮らしをしていた父が倒れていて、新聞がポストに溜まっていた所を見ると、既に何日も前から亡くなっていたようです。臭いさえします。すぐに来て貰えるでしょうか、警察にも来て貰わないといけないかも知れません。」
「わかりました。すぐに出動します。」

 
 父は脳内出血で倒れて誰に看取られることもなく数日前に死んでしまったようである。
 賢真は父の葬儀の間、母の顔が浮かんで来て堪らなかった。
 夫婦とはこんな過酷な生き方をしなければならないのか・・・自分の両親がまだ四十代にして死んで逝った現実を、複雑な思いで受け止めなければならないことの辛さが、身にしみて堪らなかった。
自分が夫婦になったばかりだったがゆえに。


 大恋愛してそれで家族の大反対を押し切って結ばれた父と母、
それゆえにどうして神様はこんな二人に過酷過ぎる試練を与えるのかと、その様に思うだけでも腹立たしかった。
 妻亜美は和佐俣家の何もかもを知っている。知った上で一緒になっている。そんな優しい思いやりのある女性であることも確かで、この度のお父さんの不幸も夫と同じ思いで悲しんでいる。
 

 一方弟の真我は大学の寮から飛んで帰り、父のお通夜を手伝いながら、その夜中に父が書き上げた、言わば絶筆となったドキメンタリー小説を読んでいた。
 『この本、絵際先生の本の内容より遥かにすごい!』
 読み続ける内に心の中が騒ぎ出し、いつの間にか母が側にいて、父も横で笑っているように思えてきて、幻想と現実が入り乱れてきて、引きずり込まれるような思いに成って夜明けを迎え様としていた。

「先生の本も凄いけど、父の本ももっと凄いよ!」
 夜明け前になって読み終えた真我は、朝一番に兄に向かって目を擦り乍らそう言っていた。

 滞りなく葬儀を済ませて、長年借りていた住まいを返還し、仏壇だけを賢真の住まいに持ち帰った。
 父と母が一目散に歩み続けた舞台は過去のものとなり、あっけなく幕を閉じたが、賢真には何も出来なかったので、何はともあれ二人の位牌を守ることが大事であると、奈良の親戚からも強く言われ、それだけは言われるままに応じていた。


 そして弟真我は久しぶりに故郷へ帰ったこともあり、懐かしい母校へ足を運んでいた。言うまでもない大好きだった絵際先生に会うために。
「先生お久しぶりです。帰ってきたので先生の顔見に来ました。」
「そう、うれしいわ。あなたと出会えたおかげで、本も書けたし、それに有名にもなれたから、願ったりかなったりだから・・・何でも遠慮なく言って、ごはんに行こうか?おごるわよ。」
「いや、先生に報告しなければならないことがあって・・・」
「何かしら?」
「父が」
「そうだ!そうだ!お父さん本出来たの?出版社から聞いているのよ?出来たのね」
「ええ、これです。」
「ほんとう?出来たのね。お父さん夢かなったのね。よかった・・・辛い思いをされて書かれたのでしょうね。まさか私の本が話題になるなんて思ってもいなかったけど、お父さんの本が本物だと思うわ。当事者だもの。



 出版社の方が言っていたわよ。お父さんもいずれ先生の本と並べて売らせて貰うって・・・よかったねぇ。夢が叶うのね。よかった。お父さん喜んでいるでしょう?」
絵際先生は目を光らせて、それでもおもいっきりの笑顔で真我を優しく見つめた。
「それで先生、今日は・・・実は父が・・・ ・・・実は父が亡くなりまして・・・」
「えっ?」
「亡くなった?」
「どうして?」
「わたしったら・・・その封筒目に入ったものだから、早合点して・・・ごめんなさいね。」


「この原稿を書き上げて間もなく脳内出血で倒れ、誰にも看取られることなく父は死んだらしいです。」
「えっ・・・まさか・・・」
「ええ、まさかです。兄が言うには、父が死んでいたのは、隅っこの書斎で、その書斎の机の上に食べかけのチーズが置いてあり、父の口の中にもチーズのかけらがあり、ワインのビンが置いてあり、そしてグラスは手の近くに転がっていて角が割れていて、
 それは警察の話では、おそらくチーズをかじりながらワインを飲んでいる時に病気が起こり、その場に倒れて誰も居なかったので、手遅れになり亡くなったようだと」


「本当に?・・・なんてことでしょう?・・・信じられない?どうしてあなたの家がそんな試練を次々と・・・」
「それで警察が言うには、お父さんは悩んでいたり、苦しんでいたり、また奥さんが若くして亡くなっているようで、気持が塞いでいたりしていなかったでしょうかと、そのようなことも尋ねられたと兄が言っていました。」
「どうして?まさかお父さんも自殺ではないかと?」
「ええ、それもありと考えたのでしょうね。」
「ひどいわ。いくら警察でも」


「いえ、先生、警察が何故そのようなことを聞いたのかは、この原稿に書かれている内容を読めば、そのように思うのも当然だと思います。
 それにここを見てください、原稿の表紙が凸凹しているのわかるでしょう。これは父がこの原稿を書き終えたときに、原稿を抱きしめながら泣き続けたのではないかと、つまり原稿が母に見え愛撫したのかも知れません。
 だから僕には警察の言っている意味が解ります。



涙一杯にして原稿を見つめながら、亡き妻を偲び、憂い続けた日々が蘇り、そして母が生前に残した自撮りの遺言を守ったこと、どんなにか重かった悲しみに満ちた我が家を、振り返らなければならなかった日々が、堪らなかったのでしょう。」
「お気の毒に・・・」
「いえ、先生。父はおそらく喜んでいたと思いますよ。満足だったと。


この本の中に、《どれだけあなたを愛していたか、計り知れないことを、今ひしひしと感じています。》と書かれています。
 父はおそらく原稿 が出来上がり、妻とした約束を果たした喜びに、乾杯していたのだと思います。
好きなワインを手に持ち、チーズをかじって、それにヘッドホンを頭につけていたらしいから、好きな歌を聴きながら酔いしれていたと僕は思います。 
 だから急に病魔に襲われたかも知れませんが、もしかして、もしかして父は・・・救急車を呼ぼうとしなかったかも知れないと、これを読みながら自然とその様に思えて来ました。



 朦朧とした中で母を思い、初めて出会った葛城山の二人を思い出し、この原稿を書き上げて貰う為に、命さえ投げ出してくれた最愛のパートナーを偲び、父は壊れてゆく自らの頭の異変を感じながら、敢えて救急車などを呼ばずに、母に命を捧げることを考えたのかも知れないと思います。」
「・・・」
「父は大好きな小説の執筆のために、まともに仕事に就かずこれまで生きて来ました。ですから母が常に働き我が家が成り立っていたのです。
 ところが母が病気になり、父は仕方なく朝からアルバイトをしていましたが、決して本意ではなかった筈、でもそんな生活が長年も続いていて、一向に良くならない母の病気を案じ、それでも何一つ不服など言わなかったですが、鉛筆を取りたい日が多々あったと思います。
 


それを心苦しく思っていた母は自ら命を絶ち、父に自由に成って貰いたいと望んだのです。父は解き放されたように自由になり、執筆活動を出来るようになりましたが、
そこで書き綴った内容が、帰らぬ母に対する詫びだったのです。父は母の目が悪くなったのは自分の性だと言っていましたから、
 長年嫁におんぶされてきた不甲斐ない亭主の懺悔だったのかも知れません。だから父は病気が引き金になって、母の側へ行くことを咄嗟に決意したように思います。
 母に出来上がったばかりの原稿を見て貰いたかったのかも知れません。

 この何日間の間にこんな余計なことを考えてしまって・・・」



「そうなの・・・真我君、あなた随分大人になったわねぇ、そこまで読むなんて感心だわ。それが事実なら、お父さんたちとんでもなく愛し合っていたのでしょうね。」
「先生もし構わなかったなら先生もこの原稿読んであげてください。それで心に響いて頂ける何かがあるかも知れません。」
「ええ、読ませていただきたいわ。それと出版社が言っているように、この原稿を本に出来ると思うわ。彼らが思っている段取りなら。お父さん喜んでくれるわよ。長年の夢だったのでしょう?


 だから出版社と話し合っていい方法を考えて貰うわ。とにかく読ませて貰える?泣いてしまうかもね。」
「ええ、先生も近いうちに結婚される年齢でもあるから、きっと役に立って頂けると思います。」
「わかったわ。あなたの推論を頭の隅に置きながら読ませていただくわ。」

 
 大学の寮へ戻った真我は清々しい思いで毎日を過ごしていた。妙に父が善人に見えてきて、いまだ死んでしまった様には思われなかった。
それは母にも言えて、いつまでも母は真我の心の中で輝いていて、それは今父を物理的には亡くしているが、真我の心の中では元気に生き続けていると感じていた。
 
 そんな日を繰り返していた真我の携帯に絵際先生から電話が入り、
「真我君、あなたに相談なのだけど、あの原稿を読ませて頂いて、それで出版社の方にも見てもらって、
それで結論を言うとね、出版社が私に
『あなたの書き方で書き直して貰えないか』と言われ困っているの。」
「父のでは駄目なのでしょうか?」


「ダメって言うよりあまりにも重たすぎて読者が辛い思いになるから、と言われたの。あなたも知ってくれているように、私が書いた内容は、どちらかと言えばソフトな感じで、軽い流れって言うか、わかって貰えるでしょう?」
「ええ、僕は当事者だから父の書いた内容も迫力があり問題ないと思いましたが、そうですね・・・まったく赤の他人なら確かにリアルって言うか重いでしょうね。」
「だから出版社はあなた流に書き換えて第二弾として出して貰えないかと、勿論今度の作品はあなたたちの家族のことを鮮明に描いて貰いたいって言うの。きっとお父さんも喜んでくれると思うわ。」


「でも父の立場になったら複雑なことは複雑でしょうね。」
「確かに。あなたのお宅へ出版社がお邪魔して、お父さんに急き立てるように書かせた様ですから、虫のいい話だと思うけど。
「いえ、わかりました。兄とも相談しますが、おそらく父は喜んでくれるでしょう。これまで一度だってきちんとした本は出来なかった事実があるわけですから。
 構いませんよ。先生の思う様にして下されば。父が言いたかった事はわかって貰える筈ですから、その所を生かして下されば」

「私ねぇ、あなたが前に言っていたお父さんの心の内を、あれから気に成っていてずっと考えていたの。
 あなたが言うように、お父さんは潔くお母さんの元へ逝ったのなら、私のような者が生意気に、あなた方家族の本を書いたりして良いのかなと、あの日あなたの考えを知ってある意味ショックだったの。
 何一つ困った出来事も経験のない、はっきり言って順風満帆に育って来た私が、艱難辛苦を嫌と言うほど味わっているあなた方家族を、知ったか振りして書き綴って良いのかと悩んでいたの。
 本は今も順調に売れていて増刷したと聞かされているわ。だから余計に辛くなってきて、それで毎日のようにあなたのお父さんが書かれた原稿を読み返しているの。
 私のって、お父さんの原稿に比べれば相当甘いように思うの。」



「でも先生それがよくってみんなが感動して増刷されているのでしょう。
だから売れるとか売れないとか、それは出版社の方にお任せして、言われるようにするべきだと思いますよ。
 だから変に気を使われて道を間違えてもいけないと思いますよ。
 二作目を書くにしても今までの先生の立ち位置って言うか、スタイルを変えないで取り組むべきだと思いますよ。

 

父の原稿を世に出して貰っても、全く売れないばかりか、お金を出して読んでくれた方が、暗い気持ちに成ったりするようじゃ意味ないですからね。
読者は何を求めるかなんて素人にはわかりませんからね。

 先生、先生の考えの中で、父の原稿を利用してください。出版社が第二弾を考えてくださっているなら、その原稿が基軸になって、先生流に生まれ変わるなら大いに父も喜ぶでしょう。」
「よかった!あなたに電話して。真我君 私、お父さんのためにもお母さんのためにも、頑張って書いてみるわ。多分にこの原稿を引用させて貰って書いてみるわ。」
「お願いしておきます。」





 それから半年が過ぎたとき、
絵際沙紀先生が和佐俣家にやってきて、一冊の本を仏様の前に供えた。
そして手を合わせ、
「お父様、お母さま、この様に本になりましたので、お持ち致しました。


 それで原作者の所はお父様のお名前と、私の名前の共著にさせて貰っています。
出版社の方の案で、それが何よりであると私も思います。
 出版に当たり、真我君にもお世話になり、賢真さんにもご理解いただき、多くのこともしつこくお聞きし、一部想像もありますが、こうして立派な一冊の本が出来上がりました。

 お二人が歩んできた道は険しかったかも知れませんが、それに短かったかも知れませんが、【夫婦】と言う二文字の中身が、あなた方ほど尊く深い意味のある方は居ないかも知れません。

 お二人は最期までご自分の立場を主張しなかった。
愛しき人のことだけを考えての潔い行動であり、そこに大いに意味が存在しているように思われます。

 お互いが、愛する人に命を差し出す夫婦など外に居るでしょうか?

【愛する事】とはこれほど深い意味があるものでしょうか?

 解っているようで解っていないです。
第一私がそんな夫婦になれる自信や覚悟など悲しいかなありません。
でも、それでも、あなた方のような人物になりたいです。そしてそんな人と巡り合いたいです。
 
 多分お二人は誰よりも幸せだったのだろうと、この小説を書き終え、出来上がった今、ひしひしと感じています。

 お二人に出会えたことを、深く、深く感謝申し上げます。

 ありがとうございました。

 重ねてご冥福をお祈りいたします。

 


(ホイットニーの歌が流れ)









 長らくに渡りご視聴有難うございました。
  
 忙しい世の中になり、人間関係が希薄になってきて、夫婦は勿論のこと、家族でさえもその傾向である昨今
 それ故にこんな小説が出来上がったように思います。


ご視聴の皆さま

夫婦、そして家族、或いは愛する人を思い

聞き終えた今、

何かを心に感じていただけたでしょうか?

幸せを見つけられたでしょうか?

そう願ってやみません。
                         了
 
(この物語はフィクションです。)

 題名 葛 城 山
 筆者 大谷一夫