森と湖のまつり (1958) 監督 内田吐夢







ストーリー allcinema




二本立て特集まだまだ続けます。





内田吐夢(うちだ・とむ 1898-1970)Wikipedia 監督作品を2本。 トム監督と言えば、いわゆる大掛かりな時代劇を数多く手掛ける一方、そこに関しては触れませんでしたが 「飢餓海峡 (1965)」  における部落差別問題など、弱者に向ける眼差しも特徴。


「森と湖のまつり」というタイトルで、しかも北海道が舞台と聞けば、壮大な大自然をバックにしたメロドラマ的な文芸巨篇を想像しましたが、ここではアイヌ民族と和人の対立、しかも戦後の、近代における「差別」の問題に切り込んでいます。












高倉健(当時27歳)演じる孤独なアイヌの青年(ぶっちゃけ、後年「ゴルゴ13」における太眉毛メイクの片鱗があって、そんなことしなくてもと笑った)が、単一民族アイヌの血統や権利を主張し、かたくななまでに、時に暴力に訴え孤軍奮闘・葛藤して、近代日本に暮らす人々と対立していきます。

学校の歴史の勉強で、ちらり触れて知っていたものの、アイヌと和人の間には悲惨な過去

北海道アイヌ民族の文化と歴史まとめ!差別や和人との戦い内容とは? 

があるので、健さんの「アイヌと和人の混血はアイヌじゃない」とまで言い切る態度や、和睦を計ろうとする近代日本との交流にひとり抗戦する姿に切ない感じを覚えるのだけれど、でもこれって例えば韓国側の従軍慰安婦問題のように、当事者たちにとっては「恨み骨髄」なわけですから、パレスチナ問題のように互いに相容れないところがあって行き詰まります。そこに香川京子(当時27歳)扮する東京から来た画家が間に入って、健さんに触れることで、健さんの心が徐々に懐柔していくかどうか?という物語。












「差別」の問題は、そう簡単に語られるものではありません。部落差別、在日朝鮮人・韓国人差別、沖縄だって、本土返還前後の数十年間に渡って差別された歴史があるわけで、する側、される側が、向き合わなければならない「折り合い」の付け方に、互いに強硬な反撥意見や行動が生まれることは周知の事実。いずれかが絶対であるわけではないのに、絶対を主張するから消えないまま対立する関係。












映画の終盤、混血で和人側の三國連太郎(当時35歳)が健さんと決闘(殺し合い)します。互いにとってそこまで振り切らないとやりきれない追い詰められ感が哀しい。血まみれになったふたり。そしてそこで、実は健さんも家系を辿れば混血だったことが判明して、失意の健さんはすでに殺人を犯してしまったこともあり、絶望のまま姿を消します(たぶん自殺?)。健さんはそれまでの様々な状況のなかで一回香川京子と関係し、京子ちゃんのお腹に命を育ませていました。ラスト京子ちゃんのモノローグ「私は聡明な眼差しを持った健さんの子をひとり育てていくことを決意した(記憶の台詞)」が流れてエンド。







手前、香川京子さんの隣に三國連太郎。








壮大な北海道ロケ、決闘のシーンとカットバックするアイヌ民族の踊りなど、映像的に歴史的価値ある作品でもあります。






にしても繰り返しになりますが健さんのメイク。 ↓ ここまで描いてませんでしたけど、ね。











2018年 3月18日
池袋・新文芸坐 ”女優人生70年企画 香川京子映画祭”にて観賞










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