ジャズ娘乾杯 (1955) 監督 井上梅次






ストーリー&優秀なレビュー




面白かった。


すべてにおいて微笑ましい音楽喜劇。

監督の 井上梅次 (1923-2010) Wikipedia は石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」で有名な、音楽映画の巨匠。しかも同じような話を違うキャストで何度もリメイクしたりもできるという、映画大量生産時代の申し子みたいな職人さんだったそうです。だからここでも紹介した8年後の傑作 「踊りたい夜 (1963)」 とお話の構造は一緒。スタアを目指す三姉妹が、父親の反対を押し切って困難を乗り越え、ラストはスポットライトを浴びてハッピーエンド。お話の骨格はまんまでした。











のちに高島忠夫の嫁さんになる、元宝塚歌劇団男役トップスター 寿美 花代 (1932-) すみ・はなよ Wikipedia と、先頃天国へ旅立たれた、同じく宝塚出身の 朝丘雪路 (1935-2018) Wikipedia そして人気歌手 雪村いづみ (1937-) Wikipedia の三人姉妹が主人公。彼女たちはミュージカルスターを夢見て、大道芸人の父 伴淳三郎 (1908-1981) Wikipedia に付いて暮らしております。

ある日、(やがて失明する)父親が曲芸を失敗し、怪我をして病院にかつぎ込まれます。父親がステージにいないうちに、館主やマネージャーをしている フランキー堺 (1929-1996) Wikipedia らの薦めもあり、三人娘は日頃からこっそり練習していた歌とダンスをステージで披露したところバカ受け。退院した父・伴淳はそれを知り激怒します。「大切な娘を芸人になんてさせない!」と。










さらに「芸の衰え」を指摘された伴淳はぶち切れて、娘たちと東北の別の興行地へ向かおうとしますが、ついに娘たちが独立宣言、頑固な親父だけど娘たちは感謝してるし愛しているし、父を必死に説得しますが、伴淳それくらいではスジをまげません。勘当だ!とひとり東北に向かおうとします。涙、涙の娘たち。そこで末娘の雪村いづみだけが「お姉ちゃんたち!絶対夢を叶えてね!」と父親に付いていきます。





雪村いづみ♡ スレンダーで顔ちっちゃいし、歌うまいし。






で残った寿美 花代と朝丘雪路は、しかしステージで苦戦。フランキーのつてで映画撮影所に知り合いの監督がいるからと、所持金わずかなままスタジオを訪ねます。が、フランキーの知り合いは監督ではなく、まだ助監督でカチンコ叩いておりました。その男は、のちに「ウルトラセブン」の隊長として永遠に記憶される 中山昭二 (1928-1998) Wikipedia 






永遠の髪型。






隊長、当時27歳。実はバレエとかも達者だったらしく、劇中で歌って踊って大活躍。「セブン」の静のイメージではなく、若者らしくキビキビしてました。

映画スターを夢見ていた娘たちは、中山昭二の仲間たち(撮影や照明の助手)と一緒にボロボロの空きスタジオで共同生活をはじめ、橋から川に飛び込むスタントや通行人などのエキストラを始めます。そして父と暮らす末娘・雪村いづみに、父に心配をかけまいと「映画の主役として撮影した」とか、つい嘘の手紙をせっせと送り続けます。






寿美 花代。なんか地味でつい他の二人に目が行ったけど、こうして見ると可愛い♡






そんなある日、ついに父・伴淳が失明します。すなわち稼ぎ口をなくすことにもなったわけですし、東京の医者に診てもらいたいこともあり、娘たちは父と妹を自分たちが暮らすボロスタジオに引き取ります。が、今まで「スターになって高級邸宅に住んでいる」とか、かなりな嘘手紙を送っていたのでビビります。ま、でも伴淳は目が見えませんので、ギリギリ嘘はすり抜けました。






朝丘雪路。若い頃からナイスボディ。色気と艶がありました♡。


ゴールデン☆ベスト 朝丘雪路 Vol.2







父親の目の手術費を捻出するため、娘たちと撮影所の仲間たちはバイトをします(バイトシーンはなし)。そして大金を工面して名優 藤原釜足 (1905-1985) Wikipidea 演じる名医に執刀してもらいます。が、手術は失敗。え〜と、すみません〜最後までネタバレして良いですか?





良いですね?




はい、ラストまで書きます。




実は手術は成功してて、伴淳、見えるようになったのですが、ここで「見えて」しまったら、愛する娘たちが嘘をついていたこと(俳優として成功して豪邸に住んでいるとか)がバレてしまい、逆に夢に向かってがんばっている娘たちを傷つけてしまうことを恐れた伴淳の芝居だったんですね。





ここでも繰り返し絶讃してきました藤原釜足。特に黒澤明作品における怪優ぶりは♡。

左・藤原釜足。






娘たちの前に、突然歌の上手な 江利チエミ (1937-1982) Wikipedia が現れます。そしてみんなで歌って踊って、ならば僕たちで好きなミュージカル映画を作ろう!ということになり、撮影の合間を縫って自主映画作りを始めます。そしてそれが映画の企画に困ったスタジオの社長と重役の目に触れて「これで行こう!」となりました。ちなみに江利チエミはスタジオ社長の娘だった(チャンチャン♡)というオチ。






スタア・江利チエミの出番はかなり遅かったのですが、出て来て歌う姿に独特のオーラ、色気、他の役者を食ってしまうものを感じました。 昭和歌姫3ショット。左から雪村いづみ、美空ひばり、江利チエミ。








ラストは、晴れて映画監督となった中山昭二のかけ声勇ましく、娘たちと江利チエミたちが歌い踊る撮影現場を、ニコニコと見守る伴淳三郎と藤原釜足。ハッピーエンドで終。




映画中盤に売れっ子映画監督役で、昭和の名コメディアン トニー谷 (1917-1987) Wikipedia が出演しています。


トニー谷(赤塚不二夫の「イヤミ」のモデルでもあります)。








これ、Wiki情報読んだんですが、とんでもない男ですねトニー谷、凄げえ、まじ。いや、誰かこの男で一本映画作って欲しいです。この「ジャズ娘乾杯」が公開されたのが1955年3月で、まさに人気絶頂のころ。そしてその同じ年の7月に、トニーさんの長男が誘拐されるんですね(数日後犯人は逮捕、長男も無事)。その犯人の動機が「トニー谷の人を小馬鹿にした芸風に腹を立てた」って。

あとは フランキー堺 (1929-1996) Wikipedia が痩身で、後年のふくよかな体躯ではない、頬もこけた出で立ちで出演。ドラム演奏もありました。










最後になっちゃったけど何と言っても伴淳三郎♡。喜劇人だけど、喜劇ぽさを無くして老人の悲哀とかがびしびし伝わるし、演じている姿勢に嫌みや「おれが主役」みたいな奢りもない。 シリアス芝居の頂点 飢餓海峡 (1965) 監督 内田吐夢 を観てその演技力には感服しておりましたが、ここでも凄い。流石でした。











映画の完成度を言えば、先に述べた  「踊りたい夜 (1963)」  に比べると三姉妹の葛藤が薄かったかな?と。また上映プリントのコマ飛びも多く、いささか不満が残りましたが、めちゃおもろいです。












2018年 10月4日
神田神保町シアター ”バンジュン生誕110年記念 伴淳三郎と三木のり平 昭和に愛された二人の喜劇人”にて観賞







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