私は二歳 (1962) 監督 市川崑






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昭和37年。

船越英二(当時29歳)と山本富士子(当時31歳)夫婦が授かった命。

「たあちゃん」が子育ての奮闘を見つめながら二歳の誕生日を迎えるまでの物語。この年のキネマ旬報で1位に輝くこの映画、市川崑監督らしい実験的、遊び感覚映像(アニメの挿入など)そしてしっかりと当時の世相、子育てに関する夫婦間の軋轢や二世代同居などがきちんと描かれていて面白い。









冒頭、たあちゃんの見た目でお腹の中のイメージが映し出される。ゆらゆらと輝く光、ぼんやりと焦点が合わない景色が徐々に輪郭をあきらかにしていき、お母さんの山本富士子、お父さんの船越英二の喜びの顔が重なっていく。(確かパパ、ママとは表現してなかった記憶)そこにたあちゃんのモノローグ(赤ちゃん声といえばこの人! 中村メイコ (1934-) Wikipedia)が乗って、命を授かる幸せが描かれる。映画はその後、狭い(けれど当時としては庶民の憧れだったはずの)団地内での子育て。それを巡って意見が合わない夫婦、やがて船越の弟の転勤で実家でひとり暮らしになる船越の母・浦辺粂子(当時60歳)との同居、嫁姑問題へと発展し、子育てに関する行き違いや山本富士子が抱える苦悩とか。ホームドラマの典型を、しかし市川崑が演出するとかくもコミカル、一種シュールにさえなるのだからユニーク。





右:市川崑 (1915-2008)






中村メイコ美少女時代♡






森永乳業全面タイアップ。なので母乳のやりとりは無かった記憶。ミルク缶や製品が随所に出てきます。森永のミルクと言えば、今なお後遺症や哀しい記憶に苦しむ人たちがいる「森永ヒ素ミルク事件」 記事:森永ヒ素ミルク事件50年 消えぬ心身の後遺症 被害者の5割 単身生活困難 保護者高齢化、将来に不安 が有名で、僕自身の子ども時代も割とリアルにその評判が残っていたので、当時、森永は社運を賭けてイメージアップに務めていたのでしょう。





右:浦辺粂子







姑役の粂子ばあさんがナイス♡。当初は山本富士子と子育ての方針が合わず、たあちゃんのちょっとした発熱に過保護になって無理矢理注射を要求するのはばあちゃんのほう。しかしある時、子育て留守番役だった船越英二が、買ったばかりのテレビに夢中になっている間、たあちゃんは廊下に落ちていたビニール袋を被ってしまい呼吸困難になる出来事があり、それを機に粂子ばあさんと富士子様はタッグを組んで英二を総攻撃、いつの間にか嫁姑間は和解しておりました。可哀想なのは英二(笑)。










やはり時代は「男は仕事、女は家事」。山本富士子は、ある程度「共同作業」を提案しますが、男・船越英二は「仕事優先」を理由に断ったりする場面もあります。これ今の感覚で言えばダメ男です。

あと印象的だったのは、富士子様が義姉役の渡辺美佐子(当時30歳)宅を訪ねるシーン。ここで美佐子様♡が、産まれたばかりの我が子を小さな盥(たらい)で沐浴させるシーンがえらくねちっこく、かつ美佐子様ファンとしては嬉しい、ほんのりエロで描かれていたこと。赤ちゃんを溺れさせないように、目や耳にお湯が入らないようにして洗う作業は、ぼく自身の経験としても大変だった記憶があるのですが、ここで美佐子様は自身が汗だくになり、その汗が胸元を光らせて、かすかに喘ぎをもらしつつ・・・。市川崑がエロスを意識したのかどうか?ぼくが勝手に決めつけてるだけかもしれませんが、良かったです(笑)。





渡辺美佐子(別映画)








2018年 4月19日
角川シネマ ”大映男優祭” にて観賞








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