野良猫 (1958) 監督 木村恵吾






ストーリー Moviewalker





「一寸の虫にも五分の魂」



わずか一寸に満たないような虫にも、わずかでも魂があること。すなわち、どんなクズみたいなヤツでも、心意気なり思いやりなり、人としての気概はあるということ。

がしかし、とは言っても虫は虫、クズはクズ、とネガティブに返すこともできるし、五分どころか一分の魂のかけらさえないような最悪の人間だっている。

それが現実。光あるところには影がある。陰陽あってこそのバランスによって世間は動いていると思う。











舞台は大阪通天閣界隈。タイトルバックは、通天閣の中心を貫くエレベーターが頂上に向かって昇る窓外の景色。眼下に広がる昭和33年の大阪の街には高い建物なんて何も無く、所々に煙突から立ち上る煙が見える。通天閣の下と言えば、バラック小屋が散見し、土埃舞う路上で寝そべる人、そこをかき分けるようにたくましく遊ぶ子どもたち、生活排水垂れ流しの用水路は濁り、そこに印象的に紙風船が転がっていたりする。そんなドヤ街に女郎くずれの女・乙羽信子(当時34歳)がやってくる。乙羽はモデル事務所を夫婦で営む友人女性を訪ねて。そこで何か仕事にありつきたいと願い、友人も歓迎し「今夜はごちそうね!」と女が事務所を出ている間に、カメラマンの夫・山茶花究(さざんか・きゅう 当時44歳)にころっと誘惑されます。いわく「ヌードは芸術や!ちょっと脱いでみ?」







通天閣―人と街の物語






山茶花究は強引に乙羽を脱がせただけでなく、「ここで働きたいねやったら言うこときき」とあろうことか関係してしまいます。そこに歓迎の食材を買って戻ってきた友人、そりゃ怒ります。そこで旦那を責めず、乙羽が旦那を誘惑したからと決めつけて、乙羽さんあっさりお払い箱に。もともとほとんど無一文だった乙羽信子、路頭に迷います。

腹をすかせて入った食堂(好きなお皿を選んで食べて、会計は残った皿で)では、こっそり隣の客に皿を足されて、食べてないのに食べたと言われ店主と怒鳴り合い。見かねた優しそうなおじさま(当時人気絶頂の漫才師のひとり)横山エンタツが払ってくれて、その代償にボロ屋に連れ込まれ関係してしまいます。しかも「これでチャラやな」と乙羽には一銭も渡さずにエロ・エンタツ去っていきます、最悪。






通天閣界隈は「釜ヶ崎」とも呼ばれ、昔から日雇い労働者、わけあり男女の巣窟で、今なお様々な問題を抱えて日常が過ぎていく街です。


釜ヶ崎






路上で野良猫を抱えた初老の男・森繁久彌(当時45歳)が、子どもたちに囲まれて木の棒などで叩かれてます。

「何さらすんじゃい!痛いやないけ!」

「アホ!おっさん!猫返せ!」

「知るかっ!これはワシの飼い猫じゃ!」

「嘘や!おっさん、その猫売ってまおうと思ってるやろ!返せ猫!」

「アホ抜かすな!これはワシの猫やと、痛っ!痛っ!やめろ大人をいじめたらあかん!」


見るにみじめな森繁さん。猫を業者に売って小銭を得る常習犯。子どもたちにとっちめられて観念します。

「しゃあないな、クソ!」とボロ屋に帰ろうとすると、そこにはこれまた当時人気絶頂の夫婦漫才師、ミヤコ蝶々(当時38歳)と南都雄二(当時51歳)が大家さんとその部下役で登場、貴重な絶妙の漫才やりとりで森繁をとっちめます。





俳優として、喜劇人として最高の ミヤコ蝶々 (1920-2000) Wikipedia この1958年には非公表で離婚していたらしい。「おもろうて、やがて哀し」は彼女を語る代名詞。


ミヤコ蝶々―おもろうて、やがて哀し。 (人間の記録)






何とか大家さんの取り立てから逃れた森繁さんは、狭いボロ屋にリングを構える女子(プロ)レス道場に立寄ります。ここで女子レスラーたちが注文するラーメンの出前の使い走りを申し出たりして小銭にありつこうとします。リングでは寸劇みたいに当時、横山エンタツ・アチャコと人気を二分していた漫才師・中田ダイマル、ラケットがトレーナーの役でひと笑いさせてくれます。これも今じゃ見られないので貴重。





僕の記憶でも ↓ これくらい高齢になってからなので。


お笑いネットワーク発 漫才の殿堂 中田ダイマル・ラケット [DVD]







そんなダメ男・森繁久彌と乙羽信子が出逢います。二人ともお金はありませんが、意気投合して「同じアホ同士やったら結婚しよう」と関係を結び、数ヶ月後ささやかな三三九度の儀式を挙行します。が、それを見ていたレスリングオーナーの(いつもとちがってスポーツマン気質だった)田崎潤(当時45歳)がやっぱりエロダメ男で(笑)、森繁に「前借り二万円(大金)で乙羽を沖縄に売り飛ばせ」と吹き込み、森繁もやっぱダメダメなのでそれを受けますがバレて、失意の乙羽は夜の街へ飛び出していきます。





こんな本、出してました。


ズウズウ弁の初舞台―悔いなし、役者人生






森繁、追いかけて、互いに絶望しかないと感じた二人。金はなし、腹は減る、「もういっそのこと死のう」と決断した二人は線路に寝そべったりしますが列車は反対側を通ったり、「やっぱり次の汽車にしよう」とかとことん逡巡します。早朝に向けて互いの生い立ちや元々の夢とかを語り合う、そんな二人芝居はさすが名優、見応えありました。元々大阪のラジオ放送で原作が劇化され大人気を博したというこの物語。浪花人情喜劇として秀逸です。










突然、乙羽が嘔吐します。すなわち、彼女は森繁の子どもを身ごもってしまっていたのです。「新しい命」。二人はいつしか死ぬなんて考えていたことを忘れたかのように笑い合い、「何とかなるで」と手を取り合って夜明けの線路を歩いて行くのでした。めでたしめでたし。










前半の漫才師多数出演シーンは観客サービスみたいなもので、現役の芸人を芸人のままストーリーに取り組むやり方はあんまり好きではなかったけど、いずれも今は見られない「芸」なので、歴史的価値があるとして良しとしましょう。そこら辺はしばらく前に紹介した 「大阪の女 (1958) 」監督 衣笠貞之助 ←しかも同年製作、同じ通天閣界隈の物語。アプローチは大きく異なるものの、人情喜劇として繰り返しますがとても良かった。機会があれば「名演」に酔っていただきたい!





↓ 内容知りませんが、言及されていれば参考までに。


これが昭和の演芸だ!ー大阪の漫才篇ー






上映フィルムの状態があまり良くなく、コマ飛びが多かったのが残念でした。ソフト化して欲しい!





2018年 11月5日
ラピュタ阿佐ヶ谷 ”Laputa Asagaya 20th anniversary もう一度みたいにおこたえします”にて観賞








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