ヤングパワー・シリーズ 大学番外地 (1969) 監督 帯盛迪彦







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主演女優・梓 英子の顛末を知るかたのサイト
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面白い!


けど、ある意味パクリ。

でもそれもありなんとする時代背景。


1970年目前の、学生紛争をもとにした映画です。

60年安保闘争と70年安保闘争のその違いを、具体的に知らないわたしとしては、歴史的事実として繰り広げられた「学生運動」の本質や意義、社会的影響など語る術もなく。ただ幼いころから繰り返し映像などで見ることになった 樺(かんば) 美智子 Wikipedia さんの死を象徴とする、学生対大学・警察・国家の図式に、20歳前後の若者たちが血まみれになりながらも熱中、狂喜した事実には(その意味や道義的善し悪しは置いといて)うまくいえませんが、ある種頭が下がるような思いもあります。60年安保闘争における学生運動の光と影は、このサイトでもすでに紹介した大江健三郎原作映画 「偽大学生 (1960) 」監督 増村保造 にも描かれていて、この「大学番外地(1969)」の構造はそれに極めて近いものがあります。










梓 英子演じる女子高生は、東京大学すなわち東大(の映画で必ず暗喩される表記の)をモデルとした「東都大学」受験に失敗します。これは先の 「偽大学生 (1960) 」 とは違って不可抗力(公務員だった父親の急逝<汚職事件の責任をとって自殺>に心痛めて受験日の電車を乗り過ごし、あげく受験会場の大学前では学生運動が激化していて試験開始に辿り着けなかったこと)もあったのですが、それまで必死で勉強していたので「受験出来なかったこと」に彼女は激しく落ち込みます。数日後(よく分からなかったのですが、当時は一次・二次試験があったようで、あきらめず試験勉強を続けていた彼女が、恐らく予備校かなにかの帰り道にまたも学生たちのデモに巻き込まれてしまいます。そこで警察・機動隊との激しい応酬があり、梓 英子は機動隊から攻撃を受け、思わず自らの身を守るために落ちていたヘルメットをかぶり抵抗してしまいます。あくまでもこの段階では「私は関係ない!」という意識で、言うなれば自分のため、大好きな父・母のために東都大学合格を目指したのに、学生運動がそれを邪魔していることへの憤りのほうが強かったはず。しかし学生たちに立ちふさがる、装甲服に身を固めたまるで「国家権力」を具現化したような機動隊と対峙して、同時に公務員だった父の死を重ね合わせてしまったのでしょう(その時は無我夢中でも)、逮捕・拘束に激しくかつ美しく抵抗した梓ちゃんは、そこで退避する学生たちの輪に紛れてしまい、そのまま東都大学のキャンパスの中に、まさに学生たちがろう城するアジトへと入っていったのです。






梓英子 (1947-) Wikipedia 先のサイト情報によると、別名で数本のピンク映画出演のち、この作品(のみ)が初主演。あどけない表情良く、人気あったらしいですが早々にご結婚、引退されたそうです。






「君、学部は?」「君こそ我々が必要としていた闘士だ!」「革命を成し遂げるためにこれからもよろしく!」アジト(大学内の施設)で梓ちゃんは口々に褒め祀られもてはやされます。入学していないのに、学生証もないのに「国文科一年」と嘘をついてしまいます。ここらへんはプロセスに違いはあれど 「偽大学生 (1960) 」 のジェリー藤尾がつく嘘と同じです。 観ていて「あ〜なんですぐバレる嘘をつく〜」と嘆いてしまいましたけど。










そんな梓英子が、先の暴動現場で抵抗していた姿が写真に撮られていました。撮ったのは週刊誌のカメラマン、演じるのは峰岸隆之介、のちの 峰岸徹 (1943-2008) Wikipedia さんです。このイケメン、赤木圭一郎かと思うようなルックスの彼と、小松方正演じる悪徳編集長は写真を見て、「こんな美人が学生運動してる!」「さぞかし学内では乱交パーティーやりまくり」みたいな写真記事を勝手に載せて週刊誌を売り出します。そして週刊誌はバカ売れ、梓ちゃんは編集部に抗議するも聞く耳もたれず、一方、学内ではジャンヌダルクみたく持ち上げられ、教育学部の教授を監禁して学生たちが詰問(自己反省を強要)する場面では、梓ちゃん、その教授を殴ったり、全学連の集会で大演説をぶったりしていきます。さらに河原崎建三(1943-)演じる「闘士」のリーダーに強引に犯され、建三の女から激しく妬まれたりもしますが、闘士としての生き甲斐を見つけてしまった梓ちゃんへこたれません。










がしかし、やっぱり本当は大学生でも国文科でもないことがバレてしまいます。 「偽大学生 (1960) 」 では、あわれなジェリー藤尾は「国家権力のスパイ」と断じられ、監禁されて気が狂っていきます。梓ちゃんも同じようにここでは女たちにシミーズ一枚にされて(逃げられないようにして)暴行・監禁されるのですが、闘士たちが内輪もめをしている隙に脱出します。そこに現れたのが峰岸徹。峰岸は自分が撮った写真でひとりの女性の運命が狂ってしまったことを、今頃になって反省してたので、梓ちゃんをホテルにかくまって衣服を与え、明日の朝、警察に出頭して教授暴行とか、偽大学生だったこととか、ぜんぶ白状してやり直すことを約束させます。










しかし翌朝、梓英子は警視庁ではなく大学へ戻ります。そう、もはや闘士として火が付いてしまった彼女は、たとえ偽大学生であっても、最後まで戦いたかったのです。ま、そうゆう映画です。面白かったのは、学生対警察・機動隊の攻防(火炎瓶・催涙ガスとか)が凄くリアルだったこと。当時のフィルムもうまく挿入して、エキストラも多く臨場感たっぷりに描かれていました。だからきっと脚本、監督、製作者の中心は、あくまでも学生運動に妄信し突き進む彼らを描くことで、浮かび上がる青春像、社会の断片を見せたかったはず。が、それでは映画は売れませんと言うのでしょうか?先ず「ヤングパワーシリーズ」という副題、確かに「若い熱量」みたいで爽やかかと思いきや、 ↓ の宣伝シートにははっきりこう書かれています。

「ヤングパワーシリーズはアクションとセックスが売り物」







アジトに毛沢東の写真を掲げ、裏切り者にはリンチや恫喝を浴びせ、「理想」に生きようとする彼らの姿は今見れば、いえ、当時としても滑稽だったでしょう。しかしそれが日本最高峰の国立大学の中で行われ、多数の死傷者や逮捕者が出た社会的事実を、映画という物語の中でこの作品は極めて真摯に描けていたと思います。でも映画なんだから、なんでしょうね。さらにこんなキャッチコピーも発見しました。










確かに河原崎建三は梓ちゃんを、バリケードでぐちゃぐちゃになった総長室でレイプしました。が、素肌の露出もほとんどなく、このキャッチコピーは扇情的すぎます。それよりも繰り返しますが暴動シーンが本当によく練られて作られていたので、そんなことよりも、もっともっと発信するべきメッセージはあるだろうにと。

そして残念なことに、梓英子が大学に戻ってからが映画としてもおかしくなってきます。峰岸徹が梓ちゃんに惚れてしまうのは分からないのではないのですが、まるで古くからの恋人のような感覚になり、物語が急にロマンチックな展開になっていきます。





峰岸徹(享年65)。赤木圭一郎にそっくり!







アジトに戻った梓ちゃんは椅子に縛り付けられて拘束されます。そして彼女を放ったらかして学生たちは警察・機動隊の最終的な突入に抵抗します。まさに東大安田講堂事件の(やや小規模ながらよくできている)再現です。で、もうラストを書いてしまいますが、学生にも闘士にもなれない行き場を失った梓ちゃんは、絶望して屋上にあがり、衆目の場で飛び降り自殺をします。そこに駆け寄る峰岸徹。このラストへの持っていき方がもう二人の恋愛映画みたいに無理矢理描かれていて、これは勝手な想像ですが「映画なんだから」と会社から脚本を書き直しさせられ撮らされたような違和感を感じました。

それにしても飛び降り自殺に駆け寄る峰岸徹とは、その後の事件を予感させていたような?




峰岸徹が死ぬまで向き合い続けた「岡田有希子自殺」の衝撃 (2008デイリースポーツ記事)








梓英子さんの女優キャリアは短かったようですが、調べて見たら ↑ ぼくが子どもの頃熱中した関西テレビのドラマ「どてらい奴」で主人公・西郷輝彦の奥様役だったんです。まったく記憶ありませんけど、そうか、ええ女優さんだった、なんちゃって。










闘士役で、若き平泉成(当時は征)さんが出てたらしいけど顔分からず。村野武範も数カット、これは分かった。





2018年 11月8日
ラピュタ阿佐ヶ谷
”Laputa Asagaya 20th anniversary もう一度みたいにおこたえします”
にて観賞







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