1.未知との遭遇(76)/レイダース 失われたアーク(聖櫃)(81)








記念すべき第1回は、大サービスごちそうプログラム!スティーヴン・スピルバーグ尊師の初期大傑作2本立て。どうだ、まいったか!


「未知との遭遇」を観たのは、支配人が中学3年生の春休み。
1月頃から「ロードショー」付録のポスター(例の、道路の向こうが光ってるやつ)を部屋に貼って待ち続けたのだ。そして受験終了後、テアトル岡山へ。
「ウルトラセブン」で宇宙人は悪いヤツ、「木曜スペシャル」ではUFOには気をつけろ、と刷り込まれた我が世代には、友好的な変てこ宇宙人がニッコリと微笑むラストは新鮮な衝撃があって、素直に涙が出てきた。
劇場を出る時、支配人はすでに映画の魔法にかかっておりました。

そして、映画監督を志して上京した大学1年の12月、新宿ミラノ座で「レイダース」を観た。
どうしたらこんなに面白い映画が作れるのか?!とマジで不思議に思い、俺の映画の教科書にしよう!と決めた。が、当時はビデオなんてなかったから劇場に何度も足を運んで。でも、あんまり面白いんで、いつも楽しんで帰るだけ。


あれから何回繰り返し観たでしょう。でも、廻り道もしたけど結局映画監督にはなれなかった…

そう、スピルバーグが私の人生を狂わせた!これは支配人にとって記念すべき2本なのです。

実際、1981年頃の東京の名画座では、この2本立てはあちこちでやっていて、支配人は付き合い始めたばかりのカノジョ(今の奥さん)をテアトル新宿(!)に連れてった記憶がある。その翌月には「E.T.」を新宿ミラノ座の初日で一緒に観るんだけど、そのための伏線でもあり、思えばスピルバーグに洗脳しようとしたのかも。そのためには十分な、絶対文句を言わせない2本立てだよね。

それ以来スピルバーグは1本も欠かさず劇場で観て来た(「世にも不思議なアメイジング・ストーリー」とか「アミスタッド」も)。
若き天才も枯れたかと思えた時期もあったけど(「オールウェイズ」や「フック」の頃)、「ブリッジ・オブ・スパイ」「ペンタゴン・ペーパーズ」みたいなシリアスドラマを必ずアカデミー賞候補にする達者さや、「BFG」や「レディプレイヤー1」のような題材をいまだにやってる相変わらずの子供っぽさ(?)を見てると、「先生、一生ついて行きます」と言いたくなってくる。

こんな映画監督、他にいない。スピルバーグと同じ時代に生きられてよかった!