お寺の檀家制度とは何なのでしょう?

1.檀家制度のはじまり


お寺の不思議はたくさんあると思います。本当にベールに包まれた世界とでも言いましょうか。正直、聞くのにためらう事ばかりです。

基本に戻って何故「檀家」というものがあるのか知っているようで知らない方が多いようです。今回はどうしてお付き合いをしているお寺になったのか?ご存知でしょうか?
小学生の子供たちにとって不思議におもいますね!

だっておじいちゃんが「ここがいい」と自分で選んだわけでもないのですから。どのような決まりで今のお寺になったのかをご説明していきたいと思います。そこから自分のルーツも知ることになるのかもしれません。

今日もお庫裡さんに登場していただきます。今日の質問者は小学生の男の子です。では小学生の男の子に私たちの知りたいことを質問してもらいましょう。


学校の授業でも習った方も見えるかもしれませんが、改めて「檀家」制度についてご紹介していきます。色々ないわれもあるかと思いますが、一般的に知られている情報です。

檀家制度(だんかせいど)とは、寺院が檀家の葬祭供養を独占的に執り行なうことを条件に結ばれた、寺と檀家の関係をいう[1]。寺請制度(てらうけせいど)、あるいは寺檀制度(じだんせいど)ともいう。江戸幕府の宗教統制政策から生まれた制度であり、家や祖先崇拝の側面を強く持つ。

概要[編集]
檀家とは檀越(だんおつ)の家という意味である。檀越とは梵語のダーナパティ(danapati)の音写であり、寺や僧を援助する庇護者の意味である。例えば飛鳥時代において、蘇我氏や秦氏といった有力な氏族または一族が檀越となって寺院(氏寺)を建立し、仏教・諸宗派を保護した。ここで特に檀家という場合には、それまで有力者の信仰対象であった仏教が、広く社会に浸透し、氏族単位が家単位になったということである。檀家という言葉自体は鎌倉時代には既に存在していたが、現在の意味合いになるのは荘園制の崩壊によって寺院の社会基盤が変化してからである。そして江戸時代の宗教統制政策の一環として設けられた寺請制度が檀家制度の始まりである。

引用 ウイキペディア檀家制度

檀家制度は江戸時代に始まった寺請制度が始まりです。檀家が特定のお寺に所属し、葬儀や供養をして頂くのです。

ねえ、お庫裡さん、お金はかかるの?

お布施として供養代を支払う事で、お寺の経営を賄っているのです。それが檀家制度ですよ。

お寺の収入と考えればいいのですね!

そうです。よくわかりましたね。お寺でも収入が無ければ生活ができませんし、物を買うことも出来ませんから、頂くのです。

そうだったんだ。知らなかったよ!他にも仕事はあるの?

2.宗旨人別帳の作成と管理


江戸時代には今の市役所のような物は無くて、戸籍台帳のようなものを寺院が管理をしていました。
じゃあ奉行所は今で言うと警察のような役目を果たしていたのでしょうね。

寺院が亡くなった方の情報は一番早く手に入れる事が出来るので、わかりやすいからなのでしょうね。しかし、届け出をしないと生まれた場合は分かりませんね。

誰かが死亡すれば市役所に届けなければならないので、寺院が戸籍台帳を管理する仕事にしていたら市役所は必要がなくなると言う事でしょう。

お庫裡さん、ところで「宗旨人別帳」とはなんですか?

「宗旨人別帳」は江戸時代に出来た戸籍台帳のことです。今のような市役所が無かったので、寺院が作成して保管をしていましたよ。

へーそうなんですか。昔の人は字が書けなかったと聞いていますが、お坊さんは字が書けたのですね。

そういうことになりますね。別の話にはなりますが、字を覚えたい人は「寺子屋」というところに来て、字を覚えたりしていたのです。

じゃあお坊さんは頭が良かったのですね。

私は江戸時代には生まれていないので、解りませんが、字を書くことが出来て、ある程度の知識はあったのではないでしょうか。

話は戻りますが、その台帳には檀家さんの家族の名前や人数などを記載されていました。

他にも商いをしていらっしゃった場合は奉公人(勤めている方)や出入りしている行商の方なども記載されました。

内容は名前、年齢、どこの宗派に所属しているかなども記載されていたそうです。

じゃあ、自宅近くのお寺で記載されていたのですね、自分の入っている宗派のお寺ではなくてもいいということですね。お寺が遠い場合は困っちゃうよね!

きっと近くのお寺に属している方の方が多いかもしれませんね。しかし、どうしてこのような台帳が必要になったのか知っていますか?

お庫裡さん、何か理由があるんですか?教えてくださいよ!

では、どうして台帳が出来たかの理由を次の項目でご説明しますね。

3.禁教令によりキリシタン弾圧


中心的な役割は「キリシタン」でない事の証明をするために記録をさせたのです。

禁教令と寺請制度[編集]
詳細は「禁教令」および「寺請制度」を参照
江戸幕府は、1612年(慶長17年)にキリスト教禁止令を出し、以後キリスト教徒の弾圧を進める。その際に、転びキリシタンに寺請証文(寺手形)を書かせたのが、檀家制度の始まりである。元は棄教した者を対象としていたが、次第にキリスト教徒ではないという証として広く民衆に寺請が行われるようになる。[4]武士・町民・農民といった身分問わず特定の寺院に所属し(檀家になり)、寺院の住職は彼らが自らの檀家であるという証明として寺請証文を発行したのである。これを寺請制度という。寺請制度は、事実上国民全員が仏教徒となることを義務付けるものであり、仏教を国教化するのに等しい政策であった。寺請を受けない(受けられない)とは、キリシタンのレッテルを貼られたり、無宿人として社会権利の一切を否定されることに繋がった。また、後に仏教の中でも江戸幕府に従う事を拒否した不施不受派も寺請制度から外され、信徒は仏教徒でありながら弾圧の対象にされることになる。

引用 ウイキペディア檀家制度

皆さんも学校の授業で隠れキリシタンの事は学んだと思いますが、江戸時代に隠れキリシタンをあぶりだすために「踏み絵」などを強制的にやらせることにより、キリシタンでない事の証明をさせていましたね。

「寺請証文」と言う証明書をお寺に発行させます。「寺請証文」が無いとキリシタンとみなされてしまいます。ですから入手するために何処かのお寺の檀家になることが早道だったのです。

では、お庫裡さんに「寺請証文」についてきいてみましょう。

お庫裡さん、「寺請証文」とはなんですか?

「寺請証文」は住所を変更するときや奉公先を変える時、結婚するとき、旅行をすると時に発行します。

今、海外に出かける時のパスポートのような物かな?

発想は近いですね。「寺請証文」で身分を証明しますから。その身分を証明することで身分制度がはっきりしてしまったのです。

身分がはっきりしていいのかと言えば考えようですね。身分の違う人とは結婚なども出来なかったのじゃないですか?

良い質問ですね。今は殆ど聞きませんが、身分違いで昭和の頃でも身分違いの結婚が出来ませんでしたよ。

まとめ

・檀家制度の始まりとどのようなものか
・宗旨人別帳の作成と管理などの寺社の役割
・禁教令によりキリシタン弾圧の為にできた「寺請証文」について
上記のように檀家制度の始まりは今でいう役所がしている仕事を寺社でさせていたことが始まりです。檀家制度ができ、住所変更や結婚などにはお寺から発行される「寺請証文」などが必要になるのです。

この「寺請証文」がないとキリシタンとみなされたいして迫害や弾圧を受けるのです。表向きは人の管理と言う事なのでしょうが、最終的にはキリシタンの弾圧の為に出来た制度と考えてもよさそうです。

お寺側も自分のお寺の檀家に入ることで「寺請証文」を発行しやすくなるので仕方なく檀家に入る人もいたのではないでしょうか?

次回は今の檀家制度とお寺の仕事について考えてみます。